ベーシックインカム

2010年12月29日 (水)

こぼれ話~ブラジルで始まったベーシックインカム

 今年の3月に「ベーシックインカムという夢~貧困と格差とスピリチュアリズム」という記事を書きました。その後、ベーシックインカムの注目度はさらに上がり、メジャーな新聞や雑誌でも取り上げられるようになってきました。それは喜ばしいことだと思いますが、賛否両論ともいろんな立場の人たちが登場して、百家争鳴という感じもします。

 そんな知識人同士の議論とは少し違って、実際にブラジルのコミュニティでベーシックインカムを実践している人たちの話を聞く機会がありました。『ベーシック・インカム入門』の著者、山森亮さんやNPO法人ドネーションシップわかちあいなどの共催によるものです。

 話は飛びますが、小3の息子は相変わらず、ベイブレード(ベイゴマの進化系)とそのアニメにはまっています(「こぼれ話~ベイブレード「光り輝く明日へ」」参照)。アニメでは、ここ半年ほどは、ベイブレードの日本代表が世界各国の代表チームと対戦していく展開になっています。各国チームそれぞれのお国柄が描かれていて、なかなか楽しめます。最近、ブラジルチームと対戦しましたが、このブラジルの連中が何ともひどいやつらなのです(笑)。とにかくあの手この手の汚いやり方で、日本チームに勝とうとします。それもこれも、彼らが貧民街出身で、すさまじい貧富の格差の中でひどい仕打ちに耐えてきたがゆえという設定でした。ちょっとブラジル人を悪く描きすぎではないかと心配になりましたが・・・。

 ブラジルから来られたのは、NPOヘ・シビタス(市民活性化研究所)のブルナ・ペレイラさんとマルコス・ブランカグリオネさんというお二人でした。質疑応答の中で、ある方が日本にも格差と貧困の問題があることを訴えられました。それに対して、マルコスさんが急に声を詰まらせて、涙ながらに、ブラジルにおける貧富の格差の激しさ、富める人と貧しい人を隔てる壁、貧しい人たちが人間扱いされていない現状を切々と訴えておられました。マルコスさんにとっては、日本ではまだ全ての人が人間扱いされているように見えたと言います。マルコスさんは日本社会の全てを見たわけではありませんので、その理解が必ずしも正しいわけではないでしょうが、そう見えてしまうぐらいにブラジルでの状況は厳しいのだろうと思いました。つまりベイブレードでの描写も誇張とは言えないのではと・・・。

 マルコスさんは、そんな日本でこそ、今のうちにベーシックインカムを導入して、ブラジルのようになるのを防いでほしいともおっしゃっていました。

 ブラジルは世界でただ一つ、ベーシックインカムを法制化している国だそうです。ただ、現時点では予算の制約から実現には至っていません。そこで、ブルナさん、マルコスさんたちが、それなら自分たちがということで、100人程のコミュニティで、2008年10月から実際にベーシックインカムの給付を始めました。財源は(自分たちの持ち出しも含めた)寄付金などだそうです。

 実施してみると、驚くべき状況が生まれているようです。子どもの栄養状態がよくなったり、食料や衣服を買ったり、医療にかかったりというのは容易に想像できます。しかし、そこにとどまらず、例えばお菓子を作ってコミュニティの中で販売し始めたり、自分の子どもについての夢を語り始めたりという変化が生まれたそうです。

 ベーシックインカムに対するよくある批判として、怠けて働かなくなったり、お金を酒やギャンブルに使ったりするのではないかというのがあります。しかし、このコミュニティでは、今のところそういう現象は生じていないようです。マルコスさんに言わせれば、そういう事態も発生して、もっと貧しい人たちに自由というものを味わってほしいとのことでした。

 この講演会では、ほかにアフリカのナミビアでも同様の実験が行われていることや日本の長野県の中川村でもそういう構想があることを知りました。日本では、まだまだ議論段階ですが、こうした具体的な実践も始まっていることを知り、是非とも多くの人たちに伝えたいと思い、紹介してみました。

(参考サイト)
ブログ「困った時はお互い様」
「NPO法人ドネーションシップわかちあい」のブログで、当日の様子や参加者の感想が紹介されています。
http://blog.goo.ne.jp/donationship/e/f696997d2cc146790c206ec90ab45207

(参考文献)
山森亮「ブラジルの実験 小さな農村コミュニティで始まった給付」(『週刊エコノミスト』2010.9.21号)

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2010年3月30日 (火)

ベーシックインカムという夢~貧困と格差とスピリチュアリズム

  ベーシックインカムという構想がある。政府がすべての人に無条件で一定の基本所得を保障するというもので、200年以上前から提唱されてきたとも言われている。それが、貧困や失業が深刻化してきた現代日本において、最近急速に関心が高まっている。働いている人にも働いていない人にも、収入が多い人にも少ない人にも、老若男女を問わず、すべての人に一律に無条件に最低限の生活を支える所得が支給されるという。日本では、例えば毎月ひとり当たり5万~8万円が支給されるという試算もある。

 より具体的な内容や浮かんでくる様々な疑問や批判に対する回答は、専門のサイトや本に任せるとして、私はこの制度は様々な可能性を秘めた魅力的なものだと思う。また、この構想をめぐって面白いのは、貧困や格差に立ち向かう社会運動系の人たちからベンチャー系の起業家に至るまで幅広い人たちが支持を表明していることだ。テーラワーダ仏教系の人たちやスピリチュアリストたちの中にも積極的に賛成している人たちがいる。実は私自身も「悠々塾」というスピリチュアリズムを学ぶまじめな集まりの人たちから教えられて初めて知った。

 宗教やスピリチュアリズムにかかわる人たちは、社会の格差や貧困の問題にどのようにかかわるべきだろうか。この問いに対して、ひとつの正解があるなんてもちろん思っていない。ただ、大雑把には次のような3つの態度があるように思う。

1 個人の心の問題にのみ集中し、社会的問題にはかかわらない
2 慈善事業や慈善行為というレベルでかかわる
3 制度や社会の変革レベルの問題にまでかかわる

 このうち慈善行為にかかわる宗教者はよく見聞する。そして「慈善は解決にならない」という言葉もこれまでよく耳にしてきた。これは、「慈善の対象となる人の自助・自立を阻害する」という立場と「慈善では社会の不公正な構造そのものは変わらず根本的な解決にならない」という立場の両方からの批判だと思う。もっともな批判だとは思うけれど、貧困問題などに見向きもしない宗教者やスピリチュアリストが多数いることを考えると、慈善にかかわるだけでも立派なものだと私は思う。(蛇足ながら、自殺した友人が、日雇い労働者のための活動に関わっていたとき、「キリスト教系の人たちは頑張っているんだけれど、行政と対決するような場面では消極的だ」と嘆いていたのを思い出します。)

 自戒を込めて言うと、実は上のように立場を分類して、どちらがどうと言うのは、机上の空論が好きな頭でっかちの人が陥りがちな落とし穴なのだと思う。実際にはそれぞれのおかれた立場や環境、能力に応じて、できることをやっていくしかない。

 マザーテレサが1979年にノーベル平和賞を受賞した後、来日したことがある。私は高校生だった。日本の記者が「貧困の解決には社会改革が必要では」と問いかけたとき、彼女は次のように答えた。

 あるとき、裕福な人が私にいいました「なぜあなたは、貧しい人びとに魚を与えるのですか?その魚を捕る竿を、どうして与えないのですか?」と。
 そこで私は答えました、「この人びとは病気、飢え、疾患などをかかえていて、立つことすらできないのです。ですから私は、まず、食べることができる魚を与えています。自分で立てるようになったら、今度はみなさま方にお願いします。魚を捕ることができるように、その人びとに竿を渡してあげてください」と。

 実際に貧しい人たちと日々向き合っている、実践者ならではの答えだと思う。高校生のときに読んで感銘を受けて、いまだに印象に残っている。(そのやり取りが載っている本を実家から見つけ出してきました-講談社現代新書『生命あるすべてのものに』。ちなみに今年はマザーテレサ生誕100年だそうですね。)

 話は変わって、聖書をほとんど読んだことがない私だが、田川建三さんという異色の聖書学者の本を読んでイエスによる面白いたとえ話があるのを知った。

 ある地主が早朝に自分の葡萄畑のために1日1デナリの約束で労働者を雇った。その後、午前中や昼や夕方にも仕事にあぶれて立っている者がいたので次々と雇った。そしてその日の終わりに、すべての労働者に1デナリずつ賃金を払った。最初の労働者は不平を言ったが、地主は「最後に来た人にもお前と同じだけ払ってやりたいのだ」と答えたという。(マタイによる福音書20.1-15)

 この話の解釈はいろいろあると思う。ちなみに田川さんの教え子の大学生に感想を求めたら「不公平で納得いかない」という意見が多かったと言う。

 私は、このたとえ話を熱く語っているイエスの前に進み出て、実はあなた方の時代からは想像もつかないような豊かな社会になっている21世紀の日本というところで、それでもなお貧困や失業が世に溢れていて(こう言った時点で「信じられない!」と言われるかもしれない)、その解決策のひとつとしてベーシックインカムという構想があるのですが、いかがですかと尋ねてみたい気がする。

 もちろんイエスがベーシックインカムのことを語っていたなどというつもりはないけれど、このたとえ話に流れる精神とベーシックインカム構想とは見事につながっているように思う。イエスは力強く「賛成!」と言ってくれるような気がするのだが・・・。

(参考サイト)
ベーシックインカムええじゃないか
http://bieejyanaika.web.fc2.com/index.html

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