スピリチュアル・カウンセリング

2010年8月17日 (火)

スピリチュアル突撃体験記(6)~ひとつの拠り所として

 体験記を書きだしたら、いくらでもネタがあってキリがありません(苦笑)。特に、スピリチュアリズム復帰初期の2007年~2008年頃はそうでした。そこで、すでに何度か触れている国際スピリチュアリズム協会(アイイス=IIS)での体験を書いて、一旦締めくくりにします。

 スピリチュアルについて、信頼するに足る体験ができるところはないのかと絶望的な気持ちになっていた、ある朝、偶然にアイイスのサイトを見つけました。そして、その日の午後には、入会とスピリチュアル・カウンセリングを申し込んでいました。確か2007年1月のことです。さらに、数日考えて、何と2月から始まるクラスにも申し込みました。我ながら何という無謀な行動でしょう!

 他の方々に宣伝したり押し付けたりする気はさらさらないのですが、元来、理屈っぽい傾向の私にとっては、アイイスは、理論と体験の混ざり具合や、堅さと柔らかさのバランスが、ほどよいように思えました。自分の足りない部分を補ってくれる存在のような気がしました。また、近代スピリチュアリズムの本場、イギリスのSAGB(英国スピリチュアリスト協会)の流れを汲み、そのメソッドなどを取り入れているところも安心材料でした。私は、どちらかと言うと伝統や権威を有難がる性質ではないのですが、あまりにも玉石混交、というより「石」ばかりが目立つスピリチュアルの世界では、それもひとつの拠り所となりました。

 さて、アイイスでは、スピリチュアル・カウンセリングやヒーリングを、そして、そのクラスでは瞑想や様々な実習も体験しました。何かひとつの体験で、決定的に霊的世界を確信するというよりも、そうした様々な体験を重ねる中で、徐々に実感できるようになっていったように思います。

 当初、指導者の方は、東京から来られていて、大阪のクラスには優秀な上級生の方々が生徒としておられました。そして、次々とミディアムやヒーラーへと卒業して行かれました。

 ある上級生の方(Cさん)と実習をしていると、よく私の両親が現れました。何か霊とミディアムの間にも相性のようなものがあるようです。両親がCさんを好んでいるような気もしました。あるときは、母が現れたらしく「よく事情がわからないのですが、何か、突然に逝ってしまって申し訳ないとおっしゃっています」とのこと。確かに、母は、肺がんを患っていた父とは違って予期せぬ形で突然に逝きました。うまく言葉では言えませんが、Cさんが表現する母の感情や雰囲気は、私にとって確かに母だと思えるものでした。もちろんCさんは、私の両親のことは死因も含めて何も知りません。

 そのCさんもめでたくミディアムになられました。2009年の4月のCさんのカウンセリングがとても印象に残っています。このときのことは、実は以前の記事「『第2の江原を探せ!』~新たなステージの予感」で書きましたが、改めて書いてみます。

 公正を期すために言うと、Cさんは私の両親がすでに亡くなっていること、半年ほど前に友人が自殺したこと、同じく半年ほど前に私の職場のセクションが変わったことはご存知でした。しかし、その事実だけで、詳細やその他のことは何もご存知ありません。また他のアイイスの方々も私の私的なことはほとんどご存知ありません(したがってCさんが間接的に知る術もありません)。

 セッションルームに入るなり、Cさんは「すでにご両親とお友達が来られています」とのこと。そして、主に両親が、今回の職場の異動のことについて説明します。職場の状況について驚くほど正確な指摘が続きました。仕事内容や人間関係についても語られ、見えない世界の方々が、折に触れて私を守ってくれている様子が語られました。

 そして、私の指導霊か先祖霊として、吉野山か大峰山あたりで修行していた修験者のような存在がいるといいます。(これは、以前書いたイケメンカウンセラーや老霊能者の指摘と一致します)

 次に、私の息子についての話がありました。息子は霊的に敏感で、影響を受けやすいので、お父さん(私)が理解してあげて欲しいというのです。確かに息子にはそういうところがありました(これも本ブログの「こぼれ話」で何度か書きましたね)。当時、小2だった息子について、「今はそうでもないが、小1のときの担任の先生は、息子さんのことを理解せず、相性が悪かったですね」とおっしゃいます。確かにそうだったのです!

 さらには、自殺した友人が現れました。以前書いたので、詳しくは書きませんが、Cさんが、突然、「頭が割れるように痛い」とおっしゃったのが強烈に印象に残っています。そう、彼はビルの屋上から飛び降りたのです。もちろんCさんはそんなことは全く知りません。私は、彼の遺体が安置されたお寺で、彼の遺品として痛々しく歪んだメガネを見たのを覚えています。頭に相当な衝撃を受けたことでしょう。私がそのことに思い至って、Cさんに説明すると、徐々に痛みは引いていったようです。まるで、わかってもらえたことに納得するかのように。

 そういえば、別のミディアムの方にも、彼は現れて、そのときは、彼の名前の一字を垂れ幕に書き込んで示す映像が現れたそうです。もちろんミディアムの方は最初それが何を意味するのかさっぱりわかりませんでした。彼が私に、いろんな形で、霊の実在の証拠を示そうとしてくれているような気がしました。

 アイイスには長きにわたってお世話になっているので、体験はまだまだいくらでもありますが、特に印象に残っている点に絞って紹介してみました。

 さて、皆さんは、どのように感じられましたか?

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2010年8月15日 (日)

スピリチュアル突撃体験記(5)~ニューエイジ系チャネリング

 時計の針を2007年1月に戻します。ニセ霊視体験(体験記(1))をして、イケメン系カウンセラーのセッション(体験記(2))を受けた直後です。

 大阪を拠点にヒプノセラピーやチャネリングなどを行うニューエイジ系と思われる団体があります。多数のセラピストやチャネラーを抱える大手ですが、そのほとんどが若い女性で、そのホームページも、とてもおしゃれで洗練されています(少なくとも威厳ある老霊能者みたいな人はいません(笑))。

 中年男性の私が行くところではないかなとも思いましたが、「男性の皆さんも歓迎します」とのお言葉に甘えて、チャレンジしてみました。

 1月にまず、ややベテランと思われるAさんのライフリーディングを受け、いろいろと思うところがあったので、別の方でもう一度とお願いをして、3月に20代の女性と思われるBさんのライフリーディングを受けました。(ちなみにここはかなり良心的な価格設定をしていると思います)

 強烈な印象が残っているのがBさんのリーディングでした(若い女性だからではありませんよ(笑))。まずこちらの相談事項を簡単に伝えると、しばらくの間、どこかにつながろうとされています。そして、いきなり「介護か何かされていましたか?」

 「え?」・・・確かに私は、母を突然に亡くした後、肺がん末期のままひとり残された父のために介護休暇をとっていた時期があったのです。そんなことは事前に一言も伝えていません。Bさんいわく「仕事も忙しかったのに、自分の思い通りにならないことばかりでしたね。それは家族や自分と向き合うためのものだったようです」。

 なかなか鋭い指摘だと思いました。そのほか、いくつか指摘やアドバイスをもらった後、いきなり「何か映像をご覧になっていますね。メッセージを受け取っておられます。ご両親とも対話をなさっているのでは?」。

 これまた驚きました。私はスピリチュアルなことにかかわりだして以来、瞑想をしたり、その中で映像を見たり、メッセージを受け取ったり、ときには父や母と対話しているような気になったりしていたからです!

 さらに、友人関係に話題が及んだとき、突然、「独身の友人であなたと連絡を取りたがっている方がいますね」とおっしゃいます。他の特徴も併せて聞くと、どうやらそれは、長い間、重いうつで苦しんでいる友人のことのようでした。(別の記事で書きましたが、彼は後に自殺しました)

 どうして、そんなことまでわかるのだろうと不思議に思いました。

 1月のAさんのリーディングと比較して面白いこともありました。仕事の話題に及んだとき、Aさんは「今の仕事をやめて、独立して、何か一人で仕事をするのではないか」とおっしゃいました。これは私には意外感がありましたが、現在の組織で仕事を続けていくことに悩んでいた私としては、そんな可能性もあるのかと思うと気が楽になったのを覚えています。これに対して、Bさんは「いきなり仕事を変えようと思う必要はないのでは」とおっしゃいます。そして、「今いるセクションは変わった人、偏った人が多く、壁にぶつかっているようですが、それでも上司が替わっていい環境になっているのでは。次のセクションは、人間関係が良く、居心地のいいところで、仕事も少しずつ任されていくようになるでしょう」とまでおっしゃいます。

 果たして、その後の私は、ほぼBさんの予言のとおりになりました(またその時点での現職場についての分析もかなり的確でした)。ただし、予言の細部では外れたところもありましたが・・・。Aさんの独立予言は今のところ外れています。

 ここでの体験は、その時点までのいくつかの体験のうちで、最もドキッとする驚きの多いものとなりました。

 このチャネリングは、「自分以外の知的で崇高な存在」にアクセスしているのだと説明されています。スピリチュアリズムにおける肉親や先祖の霊とか指導霊とかいう説明に比べて、きわめてあいまいな表現です。

 スピリチュアリズムにおいては、シルバーバーチやインペレーターのような、通信内容で勝負という高級霊は別として、一般には、メッセージの主の身元確認に徹底的にこだわります。それが霊の実在の証明になるからです。しかしニューエイジ系やトランスパーソナル心理学系の人たちは、どうもこの身元確認については、かなり無頓着のような気がします。著名なチャネラーでも宇宙意識○○などといって、ほとんど正体不明です。霊界や前世の実在についても(前世療法などを取り入れながらも)、あまりこだわっていないようです。

 ニューエイジ系で、もっとついていけないのは、アカシックレコードなるものへのアクセスという説明原理です。これはエドガー・ケイシーなどが広めた概念のようですが、過去から未来にいたる宇宙の全てが記録されている記録庫のようなものらしいです(ちなみにこれまたサンスクリットから一部借用して作られた言葉です)。

 さすがに私がお世話になったこの団体は、「自分以外の知的で崇高な存在」とかなり控え目ですが、もし「私は宇宙の記録庫アカシックレコードにアクセスできる」などと言う人たちがいたら、それはもはや大言壮語の類だと私は思います。(そしてスピリチュアリズムでは、大言壮語を語るのはたいてい低級霊かそれに支配された人間だということになっています)

 私はエドガー・ケイシーの高潔な人格を尊敬していますが、彼がアカシックレコードにアクセスして得たはずの予言が正しければ、今頃、日本は沈没し、太古に沈んだと言われるアトランティス大陸が浮上して姿を現しているはずだということも、きちんと認識しておく必要があると思います。

 話が脱線してしまいました(苦笑)。スピリチュアリズムを学ぶ中で、私はオーリック・リーディングという技術があることを知りました。簡単に言うと、生物にも非生物にもあると言われるオーラに刻まれている様々な情報を読み取ることです。そして、ミディアム(霊媒)は、自分が受け取ったメッセージを解釈するとき、それが霊から来たメッセージなのか、オーリック・リーディングで得た情報をもとにメッセージやストーリーを組み立てているだけなのかを、区別できないといけないと言われます。(後者を、ある霊からのメッセージだと誤解すると、とんでもない間違いを犯すことになってしまいます)

 私は、この団体での驚くべき体験は、実はオーリック・リーディングに近いものだったのではないか、と今は考えています。もちろんオーリック・リーディングでは、私のもっている情報を読み取るだけなので、予言はできないはずです。今回の事例の場合(Bさんの場合)、予言が当たったと言えるのかどうかは微妙なところだと思っています。

 私はこの団体に対して悪印象をもっているわけではありませんが、例えば、ここで開催される瞑想会の趣旨が「瞑想することで、願望を実現するパワーが」などと書かれていたりすると、やっぱり私が求めているスピリチュアリズムとはちょっと違うなと思ってしまいます。

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2010年8月12日 (木)

スピリチュアル突撃体験記(4)~老舗の風格

 2007年の確か11月頃のことです。私は東京に行く用事ができました。

 東京には、日本スピリチュアリズムの父とも呼ばれる浅野和三郎(1874-1937)さんの流れを汲む、老舗のスピリチュアリスト団体があります。江原さんの師匠もこの団体に属する方だったようです。

 私は、2007年2月頃から、SAGB(英国スピリチュアリスト協会)の流れを汲むアイイス(IIS=国際スピリチュアリズム協会)において、ミディアムのカウンセリングを受けたり、クラスで瞑想を学んだり実習を体験したりしていました。そこでの体験はこれまでも何度か書きましたが、また、これからも紹介していきたいと思います。

 様々な学びを深めつつも、私はまだ霊的世界に対する確信には至っていませんでした。これまでの突撃体験記からもわかるように、玉石混交の世界を相手に苦戦しておりました。

 さて、せっかくの東京行きです。その老舗では、たったの15分間ですが霊能者による個人相談というものを毎日実施していました。よし、空き時間を利用してチャレンジしてみようと、事務所に電話しました。

 「私どもは、テレビでやっているような、オーラの色や前世を教えるというようなことはやっておりません」と、いきなりの先制パンチ!世間の軽薄なスピリチュアルとは違うのだという強烈なプライドを感じました。

 予約も一苦労でした。私は大阪を朝出発するので、10時か11時頃に受けたいと思いましたが、予約はあくまで順番で、電話をした時点ではまだ予約ゼロだったので「9時に来てください」とのお言葉。大阪からなので9時は無理だと言うと「では日が近づいてからまた電話してください」。結局、日が近づいても予約がなく、始発の新幹線で行けば9時30分までには到着できるということで何とか予約を受けてくれました(苦笑)。

 さて、当日。事務所に皇室のカレンダーが掛けられ、会員らしき方がそれに向かって手を合わせておられたのが印象的でした。15分間の相談なので、質問事項は1つのみ。それを紙に書きます。そして霊能者の部屋に通されました。

 80歳ぐらいと思われる威厳のある老婦人でした。ご本人の話によると、幼い頃には親に連れられて浅野和三郎さんと会ったこともあるとのことでした。私の背後を霊視しながら、「あなたは初めての方にしては、後ろがすっきりとよく視えますね」と少し不思議そうな顔でおっしゃいます。私はアイイスで学んでいることは話していませんでした。「瞑想か何かなさっていますか?」と聞かれたので、「はい」と答えました。「瞑想をする場合は、きちんとした指導者のもとでしなさい。我流でやっていると低級霊の餌食になりますよ」とのアドバイス。

 これはアイイスでも言われたことですが、霊視とかリーディングというものは、視る側、霊能者の側の能力や状態だけではなく、視られる側の状態にも大きく影響されるものなのですね。そのことを期せずして気づかせてくれたやり取りでした。

 「背後の方々はみなさんにこにこ笑っていらっしゃいますね。あなたはそういう方なのでしょう。さっきからお坊さんが、『この者はわしが指導している』とふんぞり返って偉そうに言っていますよ。この方は生前、仏教を学んだが、まだまだ不十分で、あなたを指導しながら精神世界のことをさらに学んでいるらしいです。正しい道筋はつけたと言っています。」(ここで、例のイケメン系カウンセラーに続いて、僧侶が出てきました・・・)

 実は私の相談事項は「霊的世界の実在を確信するには」というもので、私が『シルバーバーチの霊訓』や近藤千雄さんの著作を読んでいることを告げると、そういう良質の本を一度だけではなく繰り返し読むのがいいでしょうと言われました。

 たった15分のやり取りではありましたが、他にもいくつか私生活に関するアドバイスをいただきました。

 何か決定的な証拠をもらったわけではありませんが、老霊能者の威厳や老舗団体の風格を味わえて、とても有意義な上京でした。

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2010年8月11日 (水)

スピリチュアル突撃体験記(3)~視えすぎる霊能者?

 2007年1月5日のイケメン系カウンセラー体験から少し時間が飛んで、2007年9月頃の話です。インターネットである若い女性霊能者のページを見つけました。そこで説かれている「8つの法則」というのがとても引っかかりました。江原啓之さんの「8つの法則」とそっくりなのです。江原さんは英国スピリチュアリスト連盟の7大綱領を自分なりにアレンジしたものであると、その出所を明らかにしています。しかし、彼女は何の注釈もなしに、まるで自分のオリジナルであるかのように「8つの法則」を説いているのです。

 その彼女の講演会が大阪の会場でありました。何事も百聞は一見に如かずと参加してみました。参加料は確か1000円か2000円でした。

 とてもにこやかで明るい霊能者が自分の生い立ちから語り始めました。彼女の能力は、それが本当なら驚くべきものです。出生前の記憶(つまり霊界での記憶!)も胎内の記憶もとても鮮明でした。そして、幼いときからすさまじいレベルの霊視や霊聴の能力を発揮します。それは、その時点までに私が出会った霊能者たちに比べて、あまりにも詳細で鮮明な霊視・霊聴能力でした。

 その後、様々な苦労を重ね、尊敬すべき師匠にも出会い・・・とストーリーは進んでいきます。

 こちらがもらい泣きしてしまいそうなエピソードもありました。ただ、時折、あれ?これって江原さんの本で出てきたエピソードに似てるぞ、というような部分もありました。

 半信半疑のような気持ちでしたが、ご本人の聴衆への気配りや、集っているひとたちの雰囲気は決して悪くないように感じました。(スピリチュアル否定派の脳機能学者苫米地さんは、本物の詐欺師とはとても善人に見えるのだよとおっしゃいますが・・・)

 さて、彼女は、別の職業をもってはいるのですが、スピリチュアル・カウンセリングもしていました。その料金は、ホームページのどこにも載っていません。講演の終わり際に男性のマネジャーさんが、安易な気持ちで受ける人を排除するために高めの料金設定にしているので、お問い合わせはマネジャーまで、とのアナウンス。

 ん?これはどこかで聞いたセリフです。そう、江原さんがマスコミに出るようになってカウンセリングの申込みが殺到したときに、安易な気持ちで受ける人を排除するとともに、生活や事務所を維持していくために高めの5万円に設定したという話でした。江原さんの場合、その著名度と専業霊能者(?)ということで、ある程度理解はできるような気がします。

 しかし、彼女の場合、まだまだ無名であり(最近は著書を出したり、雑誌に出たりして知名度は上がっているようですが)、また、本業もほかにあったわけで、まさか「5万円」じゃないだろうね・・・という嫌な予感がしました。

 後日、マネジャー氏に電話してみました。
 「あの、カウンセリングを検討したいのですが、料金はおいくらでしょうか」
 「5万円です」
 「・・・・・・」

 もちろん、申し込みませんでした(笑)。

 彼女のサイトには、彼女の私生活も含めてざっくばらんな話が溢れています。そういう意味では、信用してあげてもいいのかもしれませんが、私はどうも信頼する気になれません。いつしか、そのサイトを見る気もなくなってしまいました。

 先日、久しぶりにそのサイトを覗いてみたら、とても高価な(何万とか何十万とか!)水晶や宝石の販売まで手掛けておられるようでした。(スピリチュアル界にパワー・ストーンなるものが流行っている責任の一端は江原さんにもあるとは思いますが・・・)

 うーん、何とも・・・。

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2010年8月10日 (火)

スピリチュアル突撃体験記(2)~イケメン系カウンセラー

 前回、2006年12月頃のニセ霊視体験(?)について書いて、そういえばあの頃、スピリチュアリズムの証拠を追い求めて、次々と霊能者めぐりをしていたなあ・・・と思い出しました。そのときの体験を伝えることもそれなりに意味があるかなと思い、「スピリチュアル突撃体験記」と称して、少しシリーズで書いてみることにしました。

 最初のチャレンジの結果にショックを受けた私は、次の体験先を急ぎで探していました。そして見つけたのが、若いイケメン系のスピリチュアル・カウンセラーでした。ホームページから受ける印象は、おしゃれで、ちょっと軟弱そうな(失礼!)イケメンで、どちらかというと若い女性たちが殺到しそうなタイプでした。

 私にはちょっと場違いかなという気もしましたが、当時の私は、とにかく次の体験を焦っていました。新年早々の2007年1月5日のカウンセリングを申し込んだのを今でもはっきりと覚えています。

 料金は確か、1回のセッション(60分or90分でした)で1万5千円。前回のニセ霊視(?)と同じ料金です。ただ、こちらは対面のセッションです。

 実はこの方、以前の記事「スピリチュアル・カウンセリングとの付き合い方」の中で紹介した、私を怒らせた高名なスピリチュアル指導者(当時はまだ知りませんでしたが)の弟子にあたる方でした。したがってイギリス流近代スピリチュアリズムとは少し流儀が違うようでした。厳しい師匠に比べると、とても穏やかでやさしいタイプの方でした。

 私の相談内容を聞いた上で、10分ほどはひたすら目を閉じて、何かを読みとっている様子。その上で対話が始まりました。

 いろいろなアドバイスがあり、それなりに納得のいくものもありましたが、私が求めていたのは、とにかく霊の実在の証拠でした。

 彼は、父の前世は炭鉱労働者か何かではと言いました。そのような姿が視えるというのです。実は私の父は、(前世ではなく)今生において、肉体労働者で、日々機械の油にまみれて仕事をしていました。その様子が視えたのかもしれません。

 また、母は、(私の妻が)食事をちゃんと作ってくれているか、栄養のバランスが心配だと言っているとのこと。妻の名誉のために言っておくと(笑)、食事はちゃんと作ってくれていました。ただ、「食事をちゃんと作ってもらっているか」というのは、実は生前の母の口癖で、結婚後、何度も聞かれたことがあります。そういう意味で、本当に母からのメッセージかもしれないと思いました。

 そして面白かったのは、私のまわりに修行僧のような存在が何度も現れるらしく、彼によると、その人物は生前、修行自体が目的化してしまうぐらい、修行ばかりしていた僧侶で、その厳格さに、こちらが(イケメンカウンセラーが)胃が痛くなりそうだというのです。やさしいイケメンカウンセラーにとっては、私の背後の修行僧とは波長が合わなかったのでしょうね(笑)。

 ちなみに以前にも書きましたように、私は、いろんな方々から、背後に修行僧や修験者の姿が視えると言われますが、このときがその最初の体験でした。

 さて、体験はこんなところです。とても決定的な体験とは言えませんね。本物なのかニセモノなのか判断しようがないという印象でした。

 彼は、最後に(恒例のようですが)、私がお参りしたらよい神社を示してくれました(カウンセリングルーム内には各地の神社のお札が並んでいました)。大阪の住吉大社と和歌山の熊野那智大社だそうです。うーん、どういう意味があるのでしょう?(実際に住吉大社にはお参りしてみましたが(笑)。熊野は遠いのであきらめました。)

 神社を紹介するというところまでは私の許容範囲です。しかし、彼はその後、各地の神社を訪ねる旅をしながら、そこの神々への願意の取り次ぎをするというビジネスを始めます。これはやりすぎではないでしょうか?

 それなりに誠実そうで、決して悪徳さは感じませんでしたが、これ以上お付き合いをしたいとは思えませんでした。

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2010年8月 9日 (月)

スピリチュアル突撃体験記(1)~ニセ霊視体験?

 十数年ぶりにスピリチュアリズムを改めて信じてみようかと心が動いていた2006年の確か12月頃だったと思います。信じるためには実体験が必要だと考え、良質のスピリチュアル・カウンセラーを探し求めていました。

 江原啓之さんは、すでにスーパースターで、しかも個人カウンセリングは中止していました。その江原さんレベルとは言わないまでも、結構良質のカウンセラーがいるとの情報を得て、そのサイトにアクセスしてみました。

 江原さんは、かつてカウンセリング料として1回あたり最高時は5万円を取っていたといいます。それはあまりの人気の高まりゆえと生活と事務所を維持していくためだったといいます。それに比べて、そのカウンセラーは1万5千円。まあ、良心的な部類に入るでしょう。

 ただ、そのカウンセラーにはあまりにも謎が多すぎました。氏名は不明。事務所らしきものはあるようですが、カウンセリング方法は基本はメールでした。コンタクトをとって欲しい故人の写真があれば、電子データで送れといいます。プリントした写真を郵送しても、全国を転々としているので、その写真をすぐに見ることができないという説明でした。

 私は、立て続けに亡くした両親の写真をわざわざ電子データ化して、メールで送りました。しかし、故人からのメッセージを受け取れる確率は五分五分とのことでした。

 当時、私は軽いうつ状態に苦しんでいました。自殺企図や激しい睡眠障害などはなかったので軽いレベルだったとは思います。私は、両親を失ったことやうつ状態のことについてメールで説明しました。

 それに対して返ってきた答えは、まずは「あなたのうつは霊障によるものではない」というものでした。これにはさして反発は覚えませんでした。私も霊障のせいにしたかったわけではありません。ただ、今のタイミングでうつを抱えながら苦しんでいること、そして、スピリチュアリズムに再びかかわろうとしていることには、何がしかの意味や関連があるのではとおぼろげながら考えていました。

 しかし、寄せられたメッセージは、一般にはうつに対して禁句とされている「がんばれ」という叱咤激励のオンパレードでした。今までは自分のことばかり考えてきた、他人のためにがんばりなさいとか、考える暇もないぐらい仕事をしなさいとか、山に登りなさいとか・・・・。

 私は、あまりにも的外れなメッセージに愕然としながら、それでも見えない世界からのメッセージなのだから信じないといけないのか・・・などと考え、とても苦しくなり、落ち込みました。

 しかも、両親からのメッセージは「残念ながら今回は届きませんでした」といいます。事前に五分五分と書いていたのだから、詐欺とは言えませんが、何とも納得のいかない思いが残りました。

 指導霊として「母方のおそらく四代~五代前の先祖」という存在からは、やはり「がんばりなさい」のメッセージ・・・。

 私が一番不満だったのは、それらのメッセージに私固有と思われるような情報が全くなかったことです。はっきり言えば、誰にでもあてはまるような内容でした。

 こういう誰にでもあてはまる内容を伝えて、「確かに私にあてはまるメッセージだ」と思わせる手口を「ストックスピール」と言うそうです。(蛇足ながら、血液型の性格診断で、確かに自分にあてはまると思ってしまう、あれです。血液型と性格の相関関係は科学的に全く根拠がありません。)

 スピリチュアリズムの入口で迷っていた私としては、どうしても納得できず、「うつが悪化しそうなこと」、「確信するために何か個人的な情報に関するメッセージが欲しいこと」をメールで伝えました。

 前者については「今はわからず苦しくてもいずれわかります」と言います。そして後者については「あなた様のプライベートなことはわかりません。疑い出したらキリがありませんね」と来ました。

 プライベートなことがわからない霊視って一体何なのでしょう?疑い出したらキリがない?では一体何のためのスピリチュアル・カウンセリングなのでしょう?

 私はこの返事を受けて、この方は残念ながらニセモノだと判断せざるを得ませんでした。高尚っぽくて厳しいメッセージにコロっとだまされる人も多いのかもしれませんが、「プライベートなことはわかりません」とは、「私のはストックスピールです」と言っているようなものではないでしょうか。

 こうして、私の最初のチャレンジは失敗に終わりました。1万5千円という高い授業料となりました。

 ちなみにあれから3年以上が過ぎた今、当時の霊視結果なるメールを読んでみても、やはり心に響くものはなく、「あのときは気付かなかったがそういうことだったのか」などという新発見もなく、やはり誰にでもあてはまる一般的なお説教にしか見えませんでした。

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2010年1月17日 (日)

スピリチュアル・カウンセリングとの付き合い方

 スピリチュアリズムから一旦遠ざかっていた頃、江原啓之さんの(軽薄そうな)本が書店などに並んでいるのを見て、実は軽蔑していた(江原さん、ごめんなさい)。そして、ふとした偶然から江原さんが編集長という体裁の『A・NO・YO』という本を読んで、イギリス流の近代スピリチュアリズムの基本をおさえた内容に意外感を覚え、また感心した記憶がある。これが、実は、私のスピリチュアリズム復帰のひとつのきっかけとなった。

 しかし、その巻末に掲載されている多数の占いの広告には正直言って、辟易してしまった。「彼氏を思い通りにするには」「お金持ちになるには」などのメッセージのオンパレード。それは、江原さんがお手本とするイギリス流スピリチュアリズムとは全く異質のものに思えた。(ちなみに、同種の企画第2弾の『KO・NO・YO』には、このような広告は登場しないので、安心した。)

 では、スピリチュアル・カウンセリングとは何なのだろうか。スピリチュアリズムでは、基本的には、霊界や霊の実在を実感したり証明したりするものだと考える。江原さんから教わったイギリス流のシッティングという方法では、前半は相談者からは質問も情報提供も一切受けず、ミディアムの側が霊的存在からのメッセージを一方的に伝える。それによってその霊の身元確認(確かに誰であるか)をした上で、相談者が質問などを投げかける。目的にかなったとても合理的なやり方だと思う。(ちなみに「アイイス(国際スピリチュアリズム協会)」はこの手法を取り入れている)

 私がスピリチュアリズム復帰をためらっていた頃、ある高名なスピリチュアル・カウンセラーのカウンセリングを受けたことがある。「何を聞きたいですか」と尋ねられ、「実はスピリチュアルな世界の実在に確信がもてなくて」と正直に答えた。そのとき相手の顔色が変わった。「じゃあ、なぜここに来たの?」ととても不機嫌になった。私は質問の方向性を変え、そのときの悩みなどを伝えたが、カウンセラーの不機嫌は直らず、私の質問の言葉尻をとらえるような指摘ばかり繰り返した。私は、かなり我慢しながら相手のペースに合わせていたが、ついにこらえきれず、そのカウンセラーの発言の理不尽さを強く指摘する反論を展開した。「じゃあ、自分で考えたら」と開き直られてしまった・・・(苦笑)。

 多くのスピリチュアル・カウンセラーを養成しているリーダーのような方なのだが、カウンセリングの目的に対するとらえ方は、近代スピリチュアリズムとはかなり違うようだった。どうもイギリス流の考え方は日本では少数派のような気がする。

 作家であり編集者でもある井形慶子さんの『夜にそびえる不安の塔』という本を、ある方に紹介されて読んだ。井形さんは、ある出版社の人から占いへの潜入取材を強く要請されたことから、3人の女性占い師への電話相談を繰り返す。そして、そのあまりに的中する予言や井形さんの関係者の思いについての透視能力に翻弄されていく。

 3人の占い師は、間違いなく何かを視るすごい能力を有しているようだし、人格的にもとても温かく思いやりに満ちた人たちのようだった。それでも、その基本的姿勢は『A・NO・YO』の巻末に情報が満載されていた占い師たちと変わらないように思える。

 井形さんに、もう少し近代スピリチュアリズムについての理解があれば、取材はもっと違った展開になっただろうになあ・・・とも思う。しかし、井形さんの偉いところは、占い師の能力に5年にもわたって振り回されながらも、最後には、自分の意思の力で、未来をつかみとるという境地に達したことだと思う。

 たとえイギリス流のシッティングであっても、井形さんと同様の落とし穴にはまってしまう危険性は十分にあると思う。本場イギリスのSAGB(英国スピリチュアリスト協会)でさえ、「占いの館」と化しているという手厳しい批判も聞いたことがある。

 スピリチュアル・カウンセリングを受けるにあたっては、その基本となる目的はあくまでも霊的世界の実在の証明であること、その上で、見えない世界からもたらされるアドバイスは、生身の人間からのものと、その重みは何ら変わるものではない、と考える姿勢が必要だと思う。

 昔から言い慣わされてきた「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉は、どんなにすごい能力者や存在を前にしても通用する偉大なる真理ではないか、という気がしてきた。

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