ブッダ

2009年12月25日 (金)

ブッダとスピリチュアリズム

イエスについて語ったら、やっぱりブッダについて語らないといけないかな・・・と思いまして。初の参考文献付きです。

ブッダとスピリチュアリズム

 欧米のスピリチュアリズムにおいて、イエスが特別な地位を与えられているのとは対照的に、ブッダについて語られることは少なく、ときに言及されてもかなり否定的なトーンになっているような気がする。これに対して日本では、ブッダの説いた教えは、時代とともに学問化・哲学化してしまったけれど、実はスピリチュアリズムと同じことを説いていたという人もいる。私は10代から20代にかけて、この説を素朴に信じ、ブッダの説いた最初期の仏教のことがいつも気になっていた。

 しかし、いわゆる原始仏教に関する本を読んでみると、どうも様子が違う。スピリチュアリズムと同じというのは無理があるような気がした。ブッダが説いた教えを直接伝えるといわれる阿含経典(アーガマ)において、ブッダは、ある種の問いに対して、しばしば「無記」という態度を取った。あえて答えないという態度である。

 「世界は時間的に有限か、無限か、空間的に有限か、無限か、身体と霊魂は同一か、別異か、如来は死後に生存するか、しないか」などの問いを発し、わからないならわからないと答えてほしいとまで迫る弟子に対して、ブッダは答えない。そして、「毒矢に射られた人が、毒矢を抜き取る前に、射た人の階級や矢の種類を議論しているならば、射られた人は死んでしまう」という、有名な「毒矢のたとえ」によって、弟子を諭す。

 これらの問いの一部には、スピリチュアリストなら、むしろ積極的に答えるべきところだろうと思う。しかしブッダは徹底的に沈黙を守った。

 ブッダは、体系的な思想を展開するのではなく、人を見て法を説くという「対機説法」を得意としたという。最近、ヒンズー教に関する入門書を読んでみて、その豪華絢爛たる神々やスピリチュアルな世界のオンパレードに目まいを覚えたことがある。ブッダが生きた時代のインド社会も、当時のバラモン教や様々な修行者・思想家が、それぞれのスピリチュアルな世界を展開していたのかもしれない。実際、現代のスピリチュアルやニューエイジの世界にはインドに起源をもつ概念や用語が多数使用されている。インドはスピリチュアルの宝庫なのだろう。

 2500年前のインド社会において、もしブッダがスピリチュアリズムを説いていたら、大混乱が生じて、ブッダが説きたかった大事なことが全く伝わらなかったかもしれない。全くの空想だが、ブッダにそういう判断があったのかもしれない。近代スピリチュアリズムが、近代の欧米社会から始まったのも、霊界側のそれなりの判断があったのだろうと思う(私たち現代人が、その霊界側の期待に応えられたかどうかはちょっと自信がないけれど・・・)。実際、それ以前のユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった諸宗教では、霊や霊界に関する情報は驚くほど少ないという(梅原伸太郎著『他界論-死生観の比較宗教学』)。

 ブッダは、目の前にいる人たちが、当時あふれかえっていた様々な俗説に惑わされないように、こころの平安や正しいさとりへと達するために最低限必要なことを、慎重に説いたのかもしれない。

 ブッダは臨終にあたって、「これから何を頼りにしたらいいのか」と心配する弟子に対して、「他を拠りどころとせず、自らを拠りどころとし、法を拠りどころとしなさい」(自燈明・法燈明)と答えたという。まるで、人類がその後の歴史で、宗教においてどのような過ちや失敗を繰り返すのかを見通していたかのような発言だと思う。ブッダの思慮深くて賢明な人柄が伝わってくるような気がする。

 ブッダは人生は「苦」であると説いたという。一見とても虚無的な思想にも思える。しかし、「苦」とは「思いどおりにならないこと」という意味だという。実は、スピリチュアリズムにおいても、人は自らの課題に応じて、様々な乗り越えるべき苦難を設定して、生まれてくるという。つまり、「思いどおりにならないこと」に直面することが人生の意味であり目的であるということになる。かなり近いことを言っているような気がする。

 もし、ブッダが現代に生まれてきたら、今度はスピリチュアリズムを説くだろうか、それとも玉石混交のスピリチュアル情報の氾濫ぶりをみて、やっぱり「無記」を貫き通すだろうか・・・。

        (参考文献:中村元・三枝充悳著『バウッダ[佛教]』)

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