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2013年2月

2013年2月 6日 (水)

聖フランチェスコの祈り

 「聖フランチェスコの祈り」は精神世界ではおそらくかなり有名な祈りなのでしょうね。
 私はスピリチュアリズムに復帰するきっかけとなった江原啓之さんの著書で久しぶりに再会しました。

 江原さんは、聖フランチェスコの半生を描いたゼフィレッリ監督の名作「ブラザー・サン シスター・ムーン」を観たことが人生の転機になったと書かれています。実は、それを読んで私も「ブラザー・サン シスター・ムーン」を観たときのことは、随分前の記事「聖フランチェスコのようにはいかないけれど・・・」で書きました。

 「聖フランチェスコの祈り」を江原さんの著書で読んだとき、どこかで読んだような気がしました。しかもそれに近い祈りの言葉を自分自身が唱えていたような記憶が甦ってきました。

 それはマザー・テレサでした。マザーは1979年にノーベル平和賞を受賞し、その後来日しました。ちょうどそのころ私もマザーに関する本を何冊か読み、その生き方に感動していました。高校生でした。そのマザーたちが日々捧げている祈りが「聖フランチェスコの祈り」だったのです。

 この祈りは、本当は13世紀の聖フランチェスコの作ではなく、もっと後世のクリスチャンの作だと言われています。それはともかく、本当に聖フランチェスコが捧げていたにちがいないと思ってしまうぐらいすばらしい内容ですよね。

 改めて引用します。

 主よ、貧困と飢えの内に生き死ぬ
 世界中の同胞のために働く私たちを
 そのことにふさわしい者にしてください
 私たちをあなたの平和の道具としてお使いください
 憎しみのあるところに愛を
 争いのあるところに許しを
 分裂のあるところに一致を
 疑いのあるところに信頼を
 誤りのあるところに真理を
 絶望のあるところに希望を
 闇に光を
 悲しみのあるところに喜びを
 もたらすものとしてください
 慰められるよりは慰めることを
 理解されるよりは理解することを
 愛されるよりは愛することを
 私が求めますように
 私たちは与えるから受け
 許すから許され
 自分を捨てて死に
 永遠の命にあずかるのですから


 身の引き締まるような祈りですね。ここには私を含めスピリチュアリストが疑問を呈する「イエスを信じたら罪が帳消しになって永遠の命を授かる」というような都合のいい考え(いわゆる贖罪説)は全くありません。神の意にかなう働きを私にさせてほしいというピーンと張りつめたような使命感があります。「平和の道具としてお使いください」というフレーズが高校時代以来ずっと記憶に残っています。

 ところで、この祈りをAngelikaという方が(ヒーリングミュージック系の方でしょうか?)美しい歌にしているのを見つけました。私のつまらない思い出話と解釈はこれぐらいにして、一度聴いてみてください。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=OObwO2Zcv7Y

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