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2011年4月27日 (水)

発達障害とスピリチュアリズム~深い反省とともに(1)

 発達障害という言葉は、ここ最近よく聞くようになってきました。もともとは子供について言われていたものですが、実は大人になってからも見られることがわかってきました。発達障害というのは、例えば、注意力に欠け、落ち着きがなく、時に衝動的な行動をとるADHD(注意欠陥・多動性障害)とか、社会性(対人スキル)に欠ける広汎性発達障害(アスペルガー症候群など)とかを指します。

 と、こんな風に書くと、何か哀れでかわいそうな人たちのように聞こえるかもしれません。どうしても従来の自閉症(これも広汎性発達障害のひとつです)のような状態を想像してしまいがちです。しかし、今、話題になっている発達障害は、知的障害などがなく、むしろ非常に高い知能をもった人たちに見られるものです。大学教授や社長や芸術家として活躍している人たちもたくさんいます。

 ある専門家は、「障害」と呼ぶのは不適切で、「発達アンバランス症候群」と呼んだ方がいいとしています。ものすごく秀でている部分と欠けている部分があるのだと言います。

 発達障害を抱えた人たちは、まわりの雰囲気を読むのが苦手だそうです。いわゆるKYですね。文章の行間を読んだり、相手の言動の裏を推測するのも苦手です。相手の立場に立って考えることも難しいようです。それで、とてもわがままで自己中心的と誤解されることも多いようです。

 詳しい説明は専門書にゆずるとして、私は、例えばアスペルガー症候群などの説明を読むと、「赤毛のアン」を思い出します。初対面のおじいさんに一方的にしゃべりまくり、相手の反応など見ていません。次々と感動を口にし、夢想します。そして、周囲の常識的感覚やとまどっている雰囲気などをものともせず、天真爛漫な言動を繰り返し、本人はいたって真剣で悪意などないのに、まわりを多くの騒動に巻き込んでいきます。間違いなく発達障害だと思います(笑)。

 ある発達障害当事者向けの本に、大好きな祖母の葬儀の場での少女の話が出てきます。その少女は、祖母が火葬場でだびに付されているときに、人間は何度の炎で焼かれるのだろうと疑問に思い、それをその場で父親に尋ねます。そしてそういう言動をしてしまったことがのちに心の傷となっていったようです。自分はなんて冷酷な人間なのだろうと思い悩んだのでしょうね。まわりの家族が、そのことを責めていたら、もっと悲惨なことになっていたかもしれません。

 発達障害を抱えた人にとって、見えないものを想像することは非常に難しいことのようです。昨年の12月に「こぼれ話~『サンタクロースっているんでしょうか?』」という記事で、100年前の社説を紹介しました。それは「目に見えないもの」の価値を訴えるものでした。そこにスピリチュアリズムと相通ずるものを感じて紹介したのでした。

 しかし、その「目に見えないもの」を想像することが極端に苦手な人たちが存在する。しかも、当の本人は決して物質主義的でも、即物的でも、自己中心的でもなく、純粋で正直で心優しい人たちなのに・・・。

 この事実を知ったことは、少し衝撃的でした。というより、あまりにも無知でした。それを知らずに、例えばスピリチュアリズムの立場から、安易にその人たちの言動を批判してはいけないのです。

 続きは次回に。

(参考文献)
 星野仁彦『発達障害に気づかない大人たち』(祥伝社新書)
 吉田友子『あなたがあなたであるために―自分らしく生きるためのアスペルガー症候群ガイド』(中央法規出版)

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