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2011年1月 9日 (日)

こぼれ話~「千の風になって」と「トイレの神様」

 「千の風になって」が話題になったのは、もう随分前ですね。
 実は、私の母が急逝した数年前と重なります。
 当時、私はスピリチュアリズムからは一旦離れてはいましたが、死者がお墓の中にはいないという言葉には共感を覚えました。しかし、そのあとの千の風になって私たちを見守っているという言葉にはとても違和感がありました。身近な家族や友人を失った直後の人間にとって、今まで共に語り合ったり、笑ったり、泣いたりしてきた人たちが、急に「千の風」などという抽象的な存在になってしまうことなど、とうてい受け入れられませんでした。

 「千の風になって」の歌を聴いて、癒されたり救われたりした人が大勢おられたようですので、これ以上ケチをつけるのはやめましょう(笑)。

 ただ、後に自殺した友人が、「なぜ自殺してはいけないのか」について悶々と悩み、ある仏教サイトに質問を出したとき、返ってきた答えが「無我」とか「空」とかの概念を使ったもので、友人が「悩み苦しむ人間にとって、まるで雲をつかむようなピンとこない話だ」とこぼしていたのを思い出します。千の風になるという考え方も、何かそういう、私たちの日常生活とのどうしようもない距離感を感じます。

 それに対して、年末の紅白歌合戦で不覚にもボロボロ泣いてしまった植村花菜さんの「トイレの神様」は、「千の風になって」以来の感動などと言われることもあるようですが、そこで描かれているのは、ひたすら日常的なおばあちゃんとのつながりなんですよね。一緒に五目並べをしたりかもなんば(関西での呼び名です。鴨南蛮のことです。でも私の子ども時代は鴨肉ではなく安っぽい鶏肉でした・・・)を食べたり、トイレには女神さまがいると教えてくれたおばあちゃん。病院にお見舞いにいったら「もう帰り」と追い返されて翌日には逝ってしまうおばあちゃん。いや、何回聴いても泣いてしまうのです・・・。

 近代スピリチュアリズムのいいところというか、私が好きなところも、こういう「死者」との個別的で、具体的で、血の通った(霊は血は通いませんが(笑))、あたたかい「つながり」です。宇宙との一体感を得たとか、無の境地を味わったとか、あるいは、宇宙意識だとか普遍意識だとかアカシックレコードだとか、そういうぶっ飛んだ(失礼!)世界ではなく、例えば、おばあちゃんが現れて、「あのとき新喜劇(関西人には説明不要ですが、吉本新喜劇のことです)の録画を忘れて悪かったね、今でもトイレを熱心に掃除してくれてありがとう」などと語ってくれることによって、霊的世界の実在を確信していく。スピリチュアリズムとはそういうことだと思います(注:植村花菜さんは別にスピリチュアリズムを歌っているわけではありません)。

 そんな素朴であたたかいスピリチュアリズムを少しでも広げていきたいなあと思います。

植村花菜「トイレの神様」
http://www.youtube.com/watch?v=Z2VoEN1iooE

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コメント

こんにちは。
期待してます。
ご存じかもしれませんが、
http://syarecowa.moo.jp/
の中の「心霊ちょっといい話」は、いい話が多くて、
涙、涙、です。
スピリチュアリズムとことさらに言わなくても、けっこう多くの人が、普通に「霊との交流」をしているんだな、と感心しました。
松谷みよ子さんの『現代民話考』もいいそうですね。
余計な話でしたらごめんなさい。

投稿: 高森光季 | 2011年1月11日 (火) 14時07分

高森さん、ありがとうございます。
「期待してます」とのお言葉は、うれしいですが、重いです(苦笑)。

また、興味深い情報提供もありがとうございます。

特定の立場に凝り固まらず、いろんなところから良質なものを紡ぎだしていきたいですね。

投稿: Glass Age | 2011年1月12日 (水) 22時32分

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