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2010年12月14日 (火)

こぼれ話~『サンタクロースっているんでしょうか?』

 ずいぶんご無沙汰してしまいました。まずは、少し軽めの話題から・・・。

 クリスマスシーズンが近づいてきました。
 小3の息子が保育園児の頃、クリスマス・イブにサンタクロースから届くはずのプレゼントが、12月に入ったばかりなのに、なぜか押入れの奥の方にあるのを見つけてしまったことがあります。「見えた」「あった」などと言ってニタニタ笑っていました。これで「万事休す」かと思いましたが、その後、息子はなぜかこのときの記憶を消し去ってしまったようです。かなり間抜けな息子です(笑)。

 小学校に入って、上級生からの入れ知恵もあって、息子はサンタクロースの存在に半信半疑になってきました。そんなときに、サンタについて語り合う、何かいい本はないかなと探していて、『サンタクロースっているんでしょうか?』(偕成社)という本を見つけました。

 これは、100年以上も前の1897年に、ニューヨーク在住の8歳の少女バージニア・オハンロンが、父親のアドバイスで、『ニューヨーク・サン』という新聞に「サンタクロースっているんでしょうか?」という手紙を書き、『ニューヨーク・サン』が社説で真正面から返事を書いたものだそうです。

 ご存知の方も多いかもしれませんが、私は初めて読んでとても感銘を受けたので、紹介します。(中村妙子さん訳です。ひらがなを適当に漢字に直しています。)

 バージニア、お答えします。サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友だちは、間違っています。
 きっと、その子の心には、いまはやりの、なんでも疑ってかかる、疑り屋根性というものが、しみこんでいるのでしょう。
 疑り屋は、目に見えるものしか信じません。
 疑り屋は、心の狭い人たちです。心が狭いために、よくわからないことが、たくさんあるのです。それなのに、自分のわからないことは、みんなうそだと決めているのです。
 けれども、人間が頭で考えられることなんて、大人の場合でも、子どもの場合でも、もともとたいそう限られているものなんですよ。
 私たちの住んでいる、この限りなく広い宇宙では、人間の知恵は、1匹の虫のように、そう、それこそ、ありのように、小さいのです。
 その広く、また深い世界をおしはかるには、世の中のことすべてを理解し、すべてを知ることのできるような、大きな、深い知恵が必要なのです。
 そうです、バージニア。サンタクロースがいるというのは、決してうそではありません。この世の中に、愛や人への思いやりや、まごころがあるのと同じように、サンタクロースも確かにいるのです。
 あなたにも、わかっているでしょう。―世界に満ち溢れている愛やまごころこそ、あなたの毎日の生活を、美しく、楽しくしているものなのだということを。
 もしもサンタクロースがいなかったら、この世の中は、どんなに暗く、さびしいことでしょう!
 あなたのようなかわいらしい子どもがいない世界が、考えられないのと同じように、サンタクロースのいない世界なんて、想像もできません。
 サンタクロースがいなければ、人生の苦しみを和らげてくれる、子どもらしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、私たち人間の味わう喜びは、ただ目に見えるもの、手でさわるもの、感じるものだけになってしまうでしょう。
 また、子ども時代に世界に満ち溢れている光も、消えてしまうことでしょう。
 サンタクロースがいないですって!
 サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのと同じです。
 試しに、クリスマス・イブに、パパに頼んで探偵を雇って、ニューヨーク中の煙突を見張ってもらったらどうでしょうか?ひょっとすると、サンタクロースを、捕まえることができるかもしれませんよ。
 しかし、たとい、煙突から降りてくるサンタクロースの姿が見えないとしても、それが何の証拠になるのです?
 サンタクロースを見た人は、いません。けれども、それは、サンタクロースがいないという証明にはならないのです。
 この世界で一番確かなこと、それは、子どもの目にも、大人の目にも、見えないものなのですから。
 バージニア、あなたは、妖精が芝生で踊っているのを、見たことがありますか?もちろん、ないでしょう。だからといって、妖精なんて、ありもしないでたらめだなんてことにはなりません。
 この世の中にある見えないもの、見ることができないものが、何から何まで、人が頭の中でつくり出し、想像したものだなどということは、決してないのです。
 赤ちゃんのがらがらを分解して、どうして音が出るのか、中の仕組みを調べてみることはできます。けれども、目に見えない世界をおおい隠しているまくは、どんな力の強い人にも、いいえ、世界中の力持ちが寄ってたかっても、引き裂くことはできません。
 ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンをいっときひきのけて、まくの向こうの、たとえようもなく美しく、輝かしいものを、見せてくれるのです。
 そのように美しく、輝かしいもの、それは、人間のつくったでたらめでしょうか?
 いいえ、バージニア、それほど確かな、それほど変わらないものは、この世には、他にないのですよ。
 サンタクロースがいない、ですって?
 とんでもない!うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。それどころか、いつまでも死なないでしょう。
 1千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、今と変わらず、喜ばせてくれることでしょう。

 いかがですか?
 もちろんこの社説はスピリチュアリズムを意識したものではないでしょうが、スピリチュアリストとしてもうなづける個所がいくつもある、とても素敵な文章ですよね。

 ちなみに、2年程前に息子にこの本を読んで聞かせたら、なんだか、わかったようなわからないような、納得のいかないような顔をしていました。

 ま、そりゃそうですよね。(笑)

(追伸)

 「でも、結局、サンタクロースなんていないというのが真実じゃないか」と思った大人のあなた!それは少し違います。なぜなら、ここでサンタクロースは定義されていないからです。蛇足ながら、大人向けに余計な理屈をこねてみました。

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コメント

この社説、初めて知りました。とてもいいですね。
まだスピリチュアリズムとかユニテリアニズム?とかの余韻があった時代なのでしょうか……。

「追伸」も面白かったですw

投稿: 高森光季 | 2010年12月17日 (金) 14時30分

Glass Age さん、ご無沙汰しております。
この本、小生の豚児共が小学生の頃(ですから20年以上も
前のことになります^^;))買ってやって、小生自身が涙腺を
緩ませて読んだ記憶があります。

たしかに、今読み返してみると、又あの頃とは違う感慨が
浮かんできました。

投稿: JIJIRO | 2010年12月18日 (土) 14時19分

良いお話をありがとうございます。
私のブログでも紹介させて頂きたく思います。

投稿: paw | 2010年12月18日 (土) 16時05分

久しぶりに書いた記事にたくさんのコメントをいただき、感激です!(3人と言えば私のブログでは「たくさん」です(苦笑))

昔の社説を紹介しただけですが・・・。

高森さん、いらっしゃいませ。
高森さんがご存知なかったと知って、この社説を紹介した甲斐があった!と思います。

JIJIROさん、お久しぶりです。
そうですか、JIJIROさんのお子さんに20年以上前に、ですか。偕成社の本は初版が1977年12月となっていますもんね。きっと、買い与えた大人の方が感動する本なのでしょうね。

pawさん、いらっしゃいませ。そしてはじめまして。
東京スピリチュアリズムラボラトリーやそのブログでお見かけするpawさんですよね。そちらのブログでも紹介いただけるとのこと、うれしいです。

本書の「あとがき」によると、バージニアは新聞の社説にだまされたのを知って、もう大人を信じなくなった・・・のではなく(笑)、成長してから教職につき、引退する前の3年間は、長期の入院生活を送る子どもたちのための学校の副校長を務め、1971年に81歳で亡くなったそうです。

社説を執筆した記者フランシス=P=チャーチのメッセージは、きっとバージニアに伝わったのでしょうね。

投稿: Glass Age | 2010年12月18日 (土) 21時19分

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