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2010年3月23日 (火)

少し長いこぼれ話~コックリさん騒動の思い出

 このところ少し小難しいテーマが続いたような気もしますので、肩の力を抜いて「コックリさん」の思い出話をします。

 コックリさんとは、私たちが小中学生のころに流行った遊びです。紙などにひらがな50音と「はい」「いいえ」を書いて、10円玉などを置いて、そこに数人が指を載せて、コックリさんと名付けた霊的存在を招き寄せると交信ができるというものです。近代スピリチュアリズム勃興期に欧米で流行したウィジャーボードの日本版だったのでしょうね。私は小学生のときに友人たちと一度だけ試してみたことがありますが、10円玉はびくともしませんでした。

ある宗教団体のこと

 小学校時代、5月に行われる地元の大きな縁日に行くのが好きでした。山寺までの参道にびっしりと並ぶ露店が何よりの楽しみでした。あるとき、露店に混じって、風変りな掲示板が置かれていました。それはある新宗教系の団体のものでした。確かひとりが手をかざし、もうひとりが座ったまま宙に浮いている写真が貼ってあったと記憶しています(オウム真理教ではありませんよ)。小学生には衝撃的な写真でした。そばに立っていた高校生のお兄さんが、これは憑依霊によるものだと説明してくれました。そして、世の中の病気や不幸の原因の多くが霊障によるものであると言い(この説は今となっては同意できませんが・・・)、その団体のチラシをくれました。私はとても興味を持ちましたが、小学生がいきなり宗教団体の門をたたくはずもなく、そのチラシだけを大事にしまっていました。

コックリさん騒動

 中学3年生になって、クラスの女子たちがコックリさんをはじめました。最初はオーソドックスに紙の上に10円玉を置いていたのですが、そのうち手にチョークを持って黒板に置くと、勝手にメッセージを書き始めました(もちろん休み時間や放課後のみです)。自動書記ですね。さらには、霊たちのメッセージが彼女たちには聞こえるようになりました。霊聴というやつです。もっと進むと、彼女たちは別人格に支配されてしゃべりはじめました(それでも休み時間や放課後のみです。とても行儀のいい霊たちです)。

 ある子には小さな男の子の霊が現れて、私はその男の子にやけに好かれました。しかし、その子の姉を名乗る女の子の霊は、私に対してとても厳しい態度をとりました。そういうやり取りは結構楽しいものでした。

 私はこの現象は一体何なのだろうと思いました。ちょっとした実験をしてみました。家にあったお寺や神社のお守りを身につけてみたのです。それで彼女たちに近づくと、彼女たちはとても嫌がりました。私には何かこわいものが憑いているなどと言うのです。今度はそのお守りをこそっと別の男子生徒に渡してみました。彼女たちは今度は彼が近づくと嫌がりました。不思議な現象ですね。

 彼女たちへの憑依(?)はますますエスカレートしていきます。放課後には完全に取りつかれたようになって、ほうきを振り回して走り回るようなこともありました。

例の宗教団体へ

 私はここに至って、例の宗教団体のチラシを取り出して、友人と一緒にその道場というところを訪ねました。そこの人たちはとても親切で、是非その女子たちを連れてきなさいと言ってくれました。

 そして連れて行きました。彼女たちはその道場の玄関口まで来ると、後ずさりして逃げようとしました。それでも無理に連れて入りました。中に入ってからも、何とか外に出ようとします。ただ、完全に支配されているわけではなく、いつもどおりの彼女たちのようでもあり、そうではないときもあるというような不思議な状態でした。

 その団体の人たちが、彼女たちに順番に手かざしをしてくれました。後で知ったのですが、この「手かざし」をする宗教団体は日本にはいくつもあります。スピリチュアルヒーリングにとても近いものですが、それぞれの教義により説明の仕方は異なるようです。

 彼女たちは手をかざされると、いろんな動きをしました。体をくねらせる子もいました。ある子はタヌキが憑いていると言われ、別の子はヘビ、また別の子は人間の霊だと言われました。

 クラスはこの話題でもちきりとなり、先生たちもこの異常事態に気付きました。私は、担任の先生からその宗教団体とはどういうものか教えて欲しいと言われ、説明しました。その後は、大人たちの出番となったため、どう解決したのかは定かではありません。

 それからは、彼女たちに憑依現象らしきものはなくなり、クラスはとても平和になりました。ただ、ひとりの女子生徒はなかなか抜け出せず、引き続きその道場にご両親が連れて行っていたと聞きました。

ふたたび宗教団体へ、そしてスピリチュアリズムへ

 私は高校生になりました。中学時代のクラスメイトはみんなバラバラになってしまいましたが、私は例の宗教団体のことがいまだに気になっていました。なかなか執念深いのです(笑)。高校2年の夏、私は今度はひとりで例の道場を訪ねました。そのときもそこの人たちは温かく迎え入れてくれました。そして、私にも「手かざし」のための研修を受けるようにと勧めてくれました。私はほとんどその気になっていました。

 そんなときにある日本の宗教家の本を読みました。その内容は、シルバーバーチなどが説くスピリチュアリズム(その時点ではまだその言葉さえ知りませんでしたが)にとても近いものでした。その合理的で説得力のある考え方に感動しました。そして、その考え方に基づいて改めて、その宗教団体を見ると、おかしなところ、間違っているところがたくさんあるように思えました。

 私はその宗教団体に対する思いをきっぱりと断ち切りました。そして、その後、立派なスピリチュアリストの道を歩んだ・・・などと言えたらかっこいいのですが、このあとも迷いや失敗が続いていきます。シルバーバーチに出会うのはもう少し後です(翻訳もまだ出ていませんでした)。

 しかし、この高2の夏というのは、私にとってはスピリチュアリズム元年だったなあと思います。少し長い思い出話となってしまい、失礼いたしました。

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