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2010年1月23日 (土)

スピリチュアリズムと自己責任

 ちょっと、小難しいテーマに踏み込んでしまったかもしれませんが、よろしかったらお読みください。

 スピリチュアリズムと自己責任

 スピリチュアリズムでは、「個人の責任」が重視される。英国スピリチュアリスト連盟(SNU)による七大綱領にも、個人の責任が一つの柱として掲げられているという。「自らまいた種は自らが刈り取らねばならない」という意味だと解説されることもある。

 この考え方は、基本的にはとても大切なものだと思う。一人ひとりを自由意思をもつ神聖な存在として認める考え方は、個々人を勇気づけ、前向きに積極的に生きていく力を与えてくれるものだと思う。私のブログ記事「こぼれ話~インスピレーショナル・ライティング「自分」」も、この考え方に沿った内容になっている。

 ただし、いくつかの「使用上の注意」や「副作用」について認識しておく必要があるように思う。

 私が学生時代を過ごした80年代はバブル華やかなりし頃だったが、当時の政治家の中には、「自助」や「自己責任」を高らかに主張する人たちもいた。当時すでにスピリチュアルな考え方に触れていた私にとっては、その内容に共感できる部分もあったけれど、政治や行政を担っている立場の人たちがそれを語ることに少し違和感も覚えた。

 その後、日本では、バブルがはじけ、長期間に及ぶ不況が続き、一昨年の秋からは世界中が大不況へと突入してしまった。その間、政治経済の世界では、「自己責任」を強調する新保守主義とか新自由主義などの名前で呼ばれる経済思潮が主流であった。そして、今や貧困が大問題となるという、80年代からは想像もつかないような社会になってしまった。「ホームレス」「ネットカフェ難民」「ワーキング・プア」などと言われる人たち、最低限の生活レベル以下で生活する人たちが、これだけ多く社会に存在する原因が「自己責任」であるとは、とうてい思えない。

 「自己責任」(ここでは個人の責任を重視するスピリチュアリズムの考え方のこと)とは、個々人が自分の生き方を見つめるときに、意味のある考え方だと思う。政治や行政を担う人たちが庶民に対して、あるいは、強い立場にある人たちが弱い立場にある人たちに対して、「上から目線」で言うべき言葉では、決してないと思う。

 「自己責任」は、要するに一人ひとりの心の持ちようであるという言い方をされることもある。スピリチュアリズムのそういう側面に対して、社会に向き合う姿勢を弱めてしまうという危惧を表明する人たちもいる。確かにそういう心配を否定はできないけれど、それは、私はスピリチュアリズムの「誤用」だと思う。私自身の経験を言えば、10代の頃、スピリチュアルな考え方を知ったことがきっかけとなって、それまでのやや虚無的な考え方を脱して、より社会に積極的にかかわろうと考えるようになったし、実はその後の進路も考え直す結果となった。シルバーバーチも、いつも、世界にあふれる貧困や飢餓や戦争の問題に地上の人間が積極的に立ち向かうことを説いていた。

 個人の心のあり方が先か、社会や環境が先かという古典的な論争テーマがある(小難しく言うと「観念論」と「唯物論」になるのかな?)。前者を強調すると、後者が軽んじられると受け止められたりするのだろう。私は、そうした抽象的な概念論争に没頭したいとは思わない。スピリチュアリストとしては、「個々人の心の成長も、社会の変革も、どっちも大事に決まってるじゃねえか!」と啖呵を切るぐらいの姿勢がちょうどいいと思う。

 もうひとつ「自己責任」の使用上の注意をあげておきたい。私は何度かのうつ状態を経験した。「うつ」の人は、徹底的に何でもかんでも自分の責任だと感じてしまう。そんなときに、自分で何とかしようという姿勢は致命的になる。この場合は、七大綱領に入っていようがいまいが、とりあえずは、「自己責任」という考え方は一時棚上げにしよう。どんな真理や信条に対しても、そういった柔軟で臨機応変の対応が必要だと思う。

 スピリチュアリズムの真理は、どれもとてもシンプルだ。それはいいことだと思う。しかし、シンプルな真理をシンプルに適用するだけなら、「この世」での人生経験なんかいらないだろう。真理を実際の人生や社会に適用していく際には、無限の応用問題がある。一人ひとりの人生で違った適用の仕方になるはずだ。そうでなければ一人ひとりが「個性」をもって生きていく意味がないと思う。

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自己責任」カテゴリの記事

コメント

こんにちは

TheBeachと申します。
「うつ病ブログ」というココログをやっています。

わたしは、うつ病とパニック障害です。
Major Depressionのほうです。

処方薬は、1日につき全部で11種30錠です。

ニュースで見ましたが、X JAPANのボーカルTOSHI、怪しいヒーリング会社のせいで自己破産してたんですね。
ヒーリングって、「うつ病を癒してくれる」とか、本当は良いイメージなのにこういうことがあると嫌ですね。
スピリチュアルのほうは、ややオカルトに感じますが。
スピリチュアルには、チャネリングってのもありますが、あれもオカルトに感じました。

(以下はほとんど引用です)
 
1998年から自己啓発セミナーに傾倒し続けた12年を、TOSHIは「だまされていた」とし、仕事上の諸経費以外の収入が、ホームオブハートと関連会社ヒーリングワールドに渡り、友人や知人の援助で生活していたらしいです。 
X JAPANのボーカルTOSHIが、mixiの公式日記で、香夫人との関係が10年前から破綻(はたん)しており、離婚調停を申し立てたと初めて認めたとのこと。
さらに、香夫人と自己啓発セミナーのホームオブハート代表のMASAYAこと倉渕透氏に「救われた」と思い込まされたことで、X JAPANを含めた活動で得た収入を渡した揚げ句、膨大な税金と借金が課され自己破産したと明かしました。

投稿: TheBeach | 2010年1月23日 (土) 23時05分

当人が怠けた結果不利益を被ったのであれば「自己責任」でしょうが、当人が怠けてもいないのに不利益を被ったのであれば「他者責任」でしょう。

例えば、バブル全盛時に大学を卒業した人はめちゃめちゃ就職状況が良かったですが、バブル崩壊後の超就職氷河期に大学を卒業した人は、めちゃめちゃ就職状況が悪かった。こういうのは当人にはどうすることも出来ない問題です。

戦後の高度成長を謳歌した世代とバブル崩壊後に社会を出た世代の生活格差も大きいですね。

こういった問題は、役人や政治家がきちんと対処すべきものなのですが、彼らは質が低くて何ら対策を行わなかったどころか、さらに悪化させてしまった。

日本が滅亡した時、「これは役人と政治家の自己責任です。」と言われるんでしょうかねぇ。

投稿: ponpon | 2010年1月24日 (日) 17時15分

The Beachさん、コメントありがとうございます。
The Beachさんのブログにお返事を書かせていただきました。以下はそのコピーです。

**********
私の「うつ」の場合は、はじめはオーソドックスな精神医療を受け、臨床心理士によるカウンセリングも受けてみました。アメリカで広まっている「認知療法」の本も読みました。これは、とてもためになりました。

その後、正統派療法から離れて、様々な療法も試してみました。(詳細は省略します)
そして最終的には、若い頃になじんでいた、スピリチュアリズムにたどり着きました。

精神科医やカウンセラーも玉石混交だということは、きっと体験的にご存じだと思います。

スピリチュアルな世界も同様で、公式の資格や公的な規制がない分、もっと質にばらつきがあります。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)もいれば、詐欺師やペテン師も潜んでいるかもしれませんね(苦笑)。

スピリチュアルな考え方を説く本で、私が、一番安心できて、あやしさのないものをあげるとすれば、飯田史彦さんの著作です。経営学の元教授で、「決定版生きがいの創造」をはじめたくさんの生きがいシリーズを出されています。

スピリチュアルヒーリングについても、べらぼうに高いお金を取るところもあれば、無料で体験させてくれるグループもあります。探せば、良心的なところを見つけることは可能ですよ。
**********

ponponさん、コメントありがとうございます。
本当にそのとおりですね。

スピリチュアリストは、例えばこんな風にも考えます。

今、権力を担っている人たちは、実は、かつても領主や王様の地位にあって、庶民を見殺しにしてしまったのかもしれない。そして、今度こそは、同じ過ちを繰り返すまいとの決意でこの世に生まれてきたのかもしれない・・・と。

今回はあの世に帰ってから後悔することのないように、目を覚ましてほしいですね。目を覚まさせてあげるのが、私たちの役割かもしれませんが。

投稿: Glass Age | 2010年1月25日 (月) 22時10分

「無限の応用問題」はまさに同感です。
真理そのものはシンプルであっても、それぞれの置かれている状況が複雑なので、ただシンプルにあてはめるだけでは時に危険ですらありえるかも。

シンプルな真理から逸脱しないように努めながら無限の応用、難しいですね。難しいからこそ価値もあるのでしょうけれど。

投稿: 初切 | 2010年1月31日 (日) 01時03分

初切さん、いつも(と言っても2回目ですが)コメントありがとうございます。

そうなんです。いろいろと論点が移っていく文章だったかもしれませんが、最後に強く言いたいと思ったのは「無限の応用問題」ということでした。私の真意を感じとっていただけたようでうれしいです。

無原則(基盤となる真理も原則もなく行き当たりばったり)にもならず、教条的(真理などを妄信・狂信してしまう)にもならず・・・というのは人類永遠の課題かもしれませんね。

投稿: Glass Age | 2010年1月31日 (日) 22時43分

Glass Ageさん、こちらこそ丁寧なお返事ありがとうございます。

ちょうど同じ日の夜十時過ぎにあるスピリチュアリストの方宛てに送ったメッセージの末尾に

>真理そのものは単純で、深めるのは自分の掘り下げ方次第。そしてひとそれぞれの置かれる環境・状況は複雑なので、真理の適用は柔軟かつ繊細にやらねばいけないなあなどと考えております。

などと書き記していたので、Glass Ageさんの記事を読んで、あ、もしかしてシンクロ!?などと勝手に喜びつつ意を強くした次第でした。

>無原則(基盤となる真理も原則もなく行き当たりばったり)にもならず、教条的(真理などを妄信・狂信してしまう)にもならず・・・というのは人類永遠の課題かもしれませんね。

まったく同感です。

投稿: 初切 | 2010年2月 1日 (月) 07時22分

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