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2009年11月 5日 (木)

聖フランチェスコのようにはいかないけれど・・・

  今年の春、13世紀イタリアの聖人フランチェスコの半生を描いたゼフィレッリ監督の名作「ブラザー・サン シスター・ムーン」を観た。スピリチュアル界(?)では江原啓之さんが自分の進むべき道に目覚めた映画としてもきっと有名だろう。1回目は「これで終わり?」とやや拍子抜けした。しかし、映画で流れていたドノヴァンによる美しいメロディと歌声が耳から離れなかった。そして何度も繰り返し観ているうちに、フランチェスコが語るセリフやサン・ダミアノ教会で信者たちが歌う歌、ドノヴァンが歌う数々の歌に心を打たれた。なるほど江原さんが人生の転機になった映画だというのもわかる気がした。

  このフランチェスコ、やることが激しい。真の信仰にめざめた後は、商人の父が大事にする商品の数々を窓からばらまく。父が地元の司教の前に連れて行くと、そこで身につけている衣服を全て脱いで、父に返してしまう。栄華をきわめていた時の教皇に謁見しても、物質的富と信仰が両立しないことを説き、その場を騒然とさせてしまう。

  私は、これまで世俗の生活とスピリチュアルな学びをうまく両立させてきたつもりだった。しかし、昨年の秋以降、仕事が忙しくなり、職務上の責任も重くなり、心身のバランスが怪しくなってきた。そんなときに「ブラザー・サン シスター・ムーン」を観てしまった。

  今の仕事に意義がないとまでは思わない。でも、あまりにつまらないことに神経をとがらせたり、あくせくと動きまわっている自分は、戦争でさえも儲けの種にしようと必死になっていたフランチェスコの父ピエトロや、自分なりの正義感で十字軍に参加したもののムスリムを殺すという役割に疑問を感じ、生き方に悩む親友ベルナルドと同じような状況にあるような気がした。石をひとつひとつ丁寧に積み上げて、荒れ果てていたサン・ダミアノ教会の再建に打ち込むフランチェスコは、ベルナルドに対して「生きた石になれ」と告げる。果たして私は「生きた石」となっているだろうか。

  多くの人たちが職を失い、路頭に迷っている時代。安定した職があるだけでも幸せだと思わなければならない。その通りだと思う。しかも私には守るべき妻子もある。それでもフランチェスコなら、そんな状況もものともせずに、極貧の生活を選んだだろう。

  当然のことながら家族は私が今の仕事を続けることを望んだ。さらには、知人のミディアムの方を通じて、見えない世界の方々からも「今は仕事をやめるときではない」と止められてしまった。私は心身の調子を崩し、しばらくの間休暇をもらうこととなった。(仕事を辞めずに休暇をとれるというのは本当にありがたいことであり、感謝しなければならないことです。本当に・・・。)

  休んでいる間に、様々なものを読み、様々な所を歩き、様々な情報に触れ、また体験をした。

  スピリチュアリズムに学び、実践していくための集まりである「悠々塾」。仕事を辞めたらどうやって生きていこうと悩んでいたときにネットで偶然見つけた。とてもまじめな取り組みが行われている。ここの掲示板では、願望達成のテクニックや占いまがいのスピリチュアルではなく、とてもまじめに生き方や病や社会問題などについての議論がかわされている。

  その「悠々塾」に集う人たちや、同じ人間同士、分かちあい支えあって生きていきたいと考える人たちが設立したNPO「ドネーションシップわかちあい」。ホームレスの人たちを支援する団体やアジアで医療活動を行う団体などをバックアップする活動を行っている。いわばNPOを支援するNPO。スピリチュアルとは直接の関係はないが、スピリチュアリズムを真摯に受け止めて生きていこうと考える立場から見て、とても共感できる貴重な団体だと思う。

  この両団体にも参加している兄妹ユニットISSIN。素敵な歌詞とメロディ、歌声で「本当の癒しの音楽」を提供してくれる。

  それからもうひとつ。経営心理学の大学教授である(あった)飯田史彦さん。『生きがいの創造』をはじめ数々のベストセラーを出している有名人だが、私は、今回の休みの間に初めて読んだ。学者という立場を生かして、あくまでも科学的な研究成果にもとづいて、論理的にスピリチュアルな人生論を説いている。御本人はスピリチュアリズムとは言わないかもしれないけれど、まぎれもなくスピリチュアリストである。その飯田先生、何と今年の3月にはついに教授の職を辞され、8月には岐阜県にスピリチュアル・ケア研究所「光の学校」を設立された(実は、行ってきましたが、その話はまた別の機会に・・・)。

  私は、フランチェスコのようにかっこよく颯爽と新しい人生に踏み出すことはできなかった。しかし、悶々と悩みながら休んでいる間に、様々な素敵な出会いがあった。どんな苦難にも回り道にも意味があるということを、また改めて身をもって理解することができたと思う。

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