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2009年7月23日 (木)

『宇宙人のしゅくだい』-アセンション論議に思う

 「スピリチュアル」に関する様々な思いを書いていきたいと思います。

 まず最初は、昨年、ある団体の機関誌に投稿した文章です。小松左京さんの子供向け短編集の話を手がかりに、今スピリチュアル界で喧しい「アセンション」について批判的にコメントしています。かなり力んで書いた文章ですが、お読みください。

『宇宙人のしゅくだい』-アセンション論議に思う

 小松左京さんの短編集『宇宙人のしゅくだい』は、子供のときに大好きだった本のひとつで、今、小1になる我が子にも読んで聞かせてあげている。その中の「宇宙人のしゅくだい」という作品では、少女が宇宙人に遭遇する。動物や植物が大好きという少女に、宇宙人は「報告とちがう」と首をかしげ、「地球人は、植物や動物を根絶やしにしようとし、しょっちゅうおたがいにくみあい、ころしあったりしているので、いまのうち、地球をほろぼしてしまおうか、と思っている」と言う。少女は、地球の人たちは、ほんとうはみんないい人たちだと訴え、「わたしたちが、おとなになったら、きっと戦争のない星にして、地球をもっともっと、たいせつにする」と約束する。

最近、「アセンション」という言葉をよく目にする。様々な説があるようだが、代表例のひとつは、はるかかなたのプレアデス星団からのメッセージで、2012年頃に地球が丸ごとアセンション(次元上昇)する予定であり、アセンション後の地球に行けるのは、意識覚醒した人たちだけで、その前に様々な天変地異が起こるという。

私はこのようなメッセージに違和感を覚える。もし、プレアデス人たちがそのようなことを計画しているのだとしたら、そんな勝手なことはおやめ下さいと言いたい。私たち地球人は、一人ひとりがそれぞれの課題を背負って、それぞれの予定表の中で一生懸命生きているのですよ。それをある特定の時期に、それぞれの状況におかまいなしに丸ごとアセンションなどとは少々乱暴に過ぎませんか?

私たちは、自分の努力ではどうしようもないような閉塞感を背負ってしまったとき、何か大どんでん返しみたいなものに期待したくなることがある。オウム事件のとき社会学者の宮台真司さんは、日常生活の閉塞感に耐えかねて「終末」の到来に期待する若者たちに向って「終わりなき日常を生きろ」と訴えた。人生に意味なんか求めるなと言う宮台さんとは違った立場で、私は同様のメッセージの必要性を感じる。

キリスト教では、いつか「最後の審判」の日が訪れて、天国行きの人と地獄行きの人に仕分けされると信じられているという。巷のアセンション論議は何かその焼き直しのような気もする。これに対して、スピリチュアリズムでは、一人ひとりに自分自身が課した「宿題」があって、この物質界において、その宿題が何であるかを見極め、きちんとこなしていくことになっている。そして、人生の「卒業」後、身内や指導霊に導かれながら、宿題の出来具合を自分で審査すると言われていて、これがいわば「最後の審判」にあたると考える。私は、この方がずっと理に適っていて、神の公正さという点からも納得がいく考え方だと思う。

スピリチュアリズムの素晴らしい点は、「生きていくことの意味」を教えてくれることだと思う。そして、そのことにより人生や世界との関わり方において決して虚無的にならず、前向きになれることだと思う。日常生活のささいなことにも意味を見出し、前向きになれたら、もはや私たちは終末や大どんでん返しを待ち望む必要はない。「終わりなき日常」は決して無味乾燥の砂漠ではなく、意味に満ち溢れたものであることがわかるからである。

宇宙人が言うように、確かに人間社会は不公正に満ちているかもしれない。しかし、少女が訴えたように地球人は「ほんとうはみんないい人たち」だからこそ、多くの反省もし、進歩も重ねてきた。そして、私たち一人ひとりが家庭で、地域社会で、あるいは国際社会において、それぞれの立場や能力を活かして、今なお残る不公正を改善していくところに「生きていくことの意味」があるのだと私は思う。

神や高次元の存在は、人類の進歩について、決して期限を切ったりしないと思う。私たち一人ひとりが宿題に取り組み、失敗も重ねながら成長していき、何千年後か何万年後かわからないけれど、宇宙人が目を見張るような素晴らしい地球へと進化する。そのときが来れば、それをアセンションと呼んでもいいのかもしれない。

私は、この世を卒業するとき、子供たちに対して「お父さんはここまで宿題を仕上げたよ。次はお前たちの番だね」と言って、誇りと愛情をもってこの地球を引き継ぎたいと思う。(2008年10月)

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コメント

Glass Age さん

こんにちは。

>2012年頃に地球が丸ごとアセンション(次元上昇)する
>予定であり、アセンション後の地球に行けるのは、
>意識覚醒した人たちだけで、その前に様々な天変地異が
>起こるという。


今、2013年2月17日です。

何も変わっていない。

意識覚醒していない人の多くが、今の地球上に存在している。

日本政府が、もしも原発の完全廃止を宣言し、エネルギー革命が、
起こっていたら、それらしく感じたかもしれないが、
2012年、再び自民党政権に戻り、原発も極力継続方向を模索し、
ドイツの様な、自然エネルギーへの転換革命も起こっていない。

また、経済的でも、円高が進む訳でなく、旧態に戻りつつあり。


日本国内だけの規模ならば、少々変化があったと思う。
スポーツ界の教育で、体罰を異常なこと、と世論が騒いだことは、
意識が変わって来ていると思う。


また、オリンピックのレスリングが、競技種目から無くなるかも
しれないという話題が決定するとすれば、その流れも変化の1つ
かもしれない。


でも、
「地球が丸ごとアセンション(次元上昇)する」
とは、
まったく違うと思う。


>私はこのようなメッセージに違和感を覚える。
>もし、プレアデス人たちがそのようなことを計画している
>のだとしたら、そんな勝手なことはおやめ下さいと言いたい。
>私たち地球人は、一人ひとりがそれぞれの課題を背負って、
>それぞれの予定表の中で一生懸命生きているのですよ。
>それをある特定の時期に、それぞれの状況におかまいなしに
>丸ごとアセンションなどとは少々乱暴に過ぎませんか?


立場によって、かなり違うでしょうね。


恵まれている(恵まれている事を自覚していない)人々の多くは、
現状を維持したいと考えていると、思います。


その様に思いませんか?

しかし、自殺していった人の様な厳しい人生の何割かは、
もしかしたら、
その様な、「「地球が丸ごとアセンション(次元上昇)する」」
の可能性があるならば、
社会の理不尽さが是正され、生き易くなるかもしれないと、
生きる望みを持っていたかもしれないと、想像します。

耐えて、救いが起こる事を期待した人も、いたのではないか?
と想像します。


神仏の裁きを恐れる必要も無く、お天道様に顔向けできる、
善良な者たちが、苦境で救いを期待した、
「オーラの泉」、「天国からの手紙」などの放送も終了して
しまう流れの中で、
「「地球が丸ごとアセンション(次元上昇)する」」
の話題は、最後の望みだったのでは無いでしょうか?

「オーラの泉」の放送も、「天国からの手紙」の放送も終了して
しまったのは、
偽善者が本性を暴かれるのを恐れ、慌てて、論点をすり替え、
難癖をつけ、また棚ぼたで生かされている霊格の低い権力者の
静かなる暴挙の結末を疑います。

裏で悪事を働く権力者が、その力を堅持してみせたのではないか?


神仏を信仰する者よりも、霊格の低い者が、勝ってしまった
のが現実。


羊の皮をかぶった悪人は、暴かれる心配も無くなり、ホッと
したのではないでしょうか?

その流れから、
「「地球が丸ごとアセンション(次元上昇)する」」
可能性は、低かったと思います。

悪人や霊格の低い者の欲望が実る実らないという様な、
低次元な人生の悩みで、右往左往している人々が、
一生懸命生きていると、胸はれる社会が主流であり、
いまだに是正されないのは、とても残念なことに思います。

投稿: PlanDoCheck | 2013年2月17日 (日) 17時53分

Glass Age さん

こんばんは。

>確かに人間社会は不公正に満ちているかもしれない。
>しかし、少女が訴えたように地球人は
>「ほんとうはみんないい人たち」だからこそ、

この部分の妄想が、災いをもたらしている、元凶では
ないか?


美輪明宏さんが、『正負の法則』とおっしゃりますが、
本当の『正負の法則』が大事なヒントに思います。

(誤):「ほんとうはみんないい人たち」

(正):

「霊格が、高く、嘘を言う必要が無く、本質を見抜き、
 中立に判断をし、不正に対して問い質し、間違いを明らか
 にし、みんなで協力して、幸せに導く、その能力を持つ、
 人格
 と、

 その真逆、
 霊格が、低く、ウソばかり言い、己を良く見せようと装い、
 責任転嫁がうまく、他(弱者)を踏み台にして、得だけを
 考え、利己愛の欲を満たし、その本性を隠し、
 いい人を装う能力を持つ、人格

 のバランスが崩れ、「不徳」側に徐々に偏っている」

の因果で、人間社会が構成され、理不尽な事が溢れており、
この本質を、明らかにさせない様な、力が働き、
Glass Ageさんも、そのトリックに騙されてしまっていないか?

と心配しております。


>多くの反省もし、進歩も重ねてきた。

「反省」とは、・・・・・本当に多くの反省をしているのか?

実は、反省をしている素振りを見せているだけではないのか?

多くの人類の、本当の反省は、微々たるものではないか?

多くが、利己愛を満たせず、欲を満たせず、を起因とし、
次回こそは、との考えの元で、過去を振り返る事ばかりして
いるのではないか?

利己愛を満たせた時、欲を満たせた時、反省しているのか?

つまり利己愛、欲を満たす為に、犠牲になった者、物、もの
に謝罪しているのか?
償いをして来たのか?

そもそも、その前に、そのことを気がついているのか?


多くの人類よ!、どうなんだ?

偽善者が大多数ではないのか?

だから、平気で、

>確かに人間社会は不公正に満ちているかもしれない。
>しかし、少女が訴えたように地球人は
>「ほんとうはみんないい人たち」だからこそ、

の論理が、真正なメッセージであるかのように錯覚し、
エゴイスティックな正当化論で、間違いを正さず、
人類の多くは、犠牲になった友の現実を認知せず、
死人に口無しで、永遠と、愚かな行いを繰り返しながら、
霊格の低い偽善者が、みんないい人たち、と連呼し、
甘えがまかり通っていないか?


>そして、私たち一人ひとりが家庭で、地域社会で、
>あるいは国際社会において、それぞれの立場や能力を
>活かして、今なお残る不公正を改善していくところに
>「生きていくことの意味」があるのだと私は思う。

一見、情報として、正しく思われがちですが、
「今なお残る不公正を改善していく」
を、
多くの社会人が、理解されていないのが、問題かと思う。

誤解していたら、いつまで経っても、人類は
同じ事を繰り返してしまう。

それは、過去をみれば、よく分かる。


>多くの反省もし、進歩も重ねてきた。

これは、誤解されているのではないか?

多くは、本質的な反省をせずに、愚かな反省ごっこを繰り返し、
欲望の進歩を重ね続けて来たのではないか?

精神的には進歩どころか後退し、衰退しているのではないか?
精神的には、退化(優れた身体を讃え、霊的に低い人ほど活躍)
しているのではないか?

古代では、神仕組み(自然界の法則)の中の、
スピリチュアリティを理解し、バランスを保って、自然との調和
を保ちながら、生き死にを繰り返して来たのではなかったのか?
ところが現代では、スピリチュアリティを、
「非科学的だ!」と恥ずかしくもなく、大衆の面前で声高らかに
学者が論じ、それに賛同する者が溢れる時代になってしまったの
ではないか?
人類が一番優れる生命と自惚れるまでに至ってしまったのでは
ないか?


霊格の低い者ほど、跋扈できる環境が整い、その一面だけが進歩
したと言えるのではないか?

しかし、霊格の高い者は、虐げられ、生き難い社会が構築され。
霊格の低く、身体の優れる者が、生き易い社会が構築されている。

その元凶に、霊界にて、邪心、魔の快楽に穢された霊魂が溢れる。
守護霊と呼ばれる役回りの立場でも、
物質界の公務員の大半の意識の様に、
その多くが利己主義の偽善者的想念の溢れんばかりの状態となり、
利他愛無く、利己愛のお勤めに専念している状況。
同期同調している。

バカ親的な守護霊(氏神)が、「親バカごっこ」をして、満足し、
『フンベツが無く、叱る事が出来ない』。


上記を、Glass Ageさまに、ご理解いただけるでしょうか?

私が、生命の身体をこの世で関与する様になる前に、どの様な
立場で、どの様な背景の流れがあった為、この世の人生に関与
し始めたのか、
そして、この世の家族の霊的な背景による、因果で、私がどの
様な事象を体験し、その発生メカニズムが霊的にどうなってい
るのか。

そこをGlass Ageさまへ、説明し、ご理解いただける段階になれば、
もしかしてご理解いただけるかもしれません。


>神や高次元の存在は、人類の進歩について、決して期限を切ったり
>しないと思う。私たち一人ひとりが宿題に取り組み、失敗も重ね
>ながら成長していき、何千年後か何万年後かわからないけれど、
>宇宙人が目を見張るような素晴らしい地球へと進化する。

神がかりな事は、霊魂の浄化であり、浄化しない霊魂の抹消であり、
そのタイミングが、アセンションではないだろうか?

浄化とは、穢れた霊魂にチャンスを与え、改心すれば様子を見るが、
ごまかすしの反省ごっこを続ければ、リセットし次期アセンションの
為の切り替え時期が訪れる。

物質界では、地震/津波/噴火などで、穢れた者(霊魂)に、
改心のチャンスを与える。

しかし、それだけでは、穢れた者(霊魂)を改心させきれず、
浄化のエネルギーが不足する為、
小惑星の衝突により、穢れた者(霊魂)に改心の気付きを与える。
それでも、穢れた者(霊魂)を改心させきれなければ、
修行の場の環境をリセットする為、大きな惑星に衝突させ、
次期アセンションの為に、修行の場を1から作り直す。

アセンションの為、霊界の穢れた霊魂をどのように排除(消魂)
するのかの手法を私は知らない。

霊界では、穢れた霊魂が徐々に増え続け、問題を抱えている事を
知っている。

その時が来れば、神的リセット、を指してアセンションと呼ぶの
かもしれない。

神的リセットが作動するまで、人類の精神性は「退化」し続けて
いるのではないか?

その理由として、人類の多くの霊魂が、「向上欲」と「向上心」
の区別がついていない。
徐々に「向上心」の比率が低くなり、反省せず、「向上欲」の
評価論で社会を支配し、取り返しのつかないステータスへ至り、
結局、神的リセットを迎える経緯が想像できるから。


「神がかり(自然界の法則)のアセンション」
と、
「神様(人類に都合の良い神的存在)の働きによるアセンション」
とは、
立て分ける必要があると思う。


「向上心の観念におけるアセンション」
と、
「向上欲の観念におけるアセンション」
とは、
違うと思う。

でも、巷では立て分けが出来ていないのではないか?


巷の「スピリチュアリズム」は、上記を立て分けをしきれているのか?


>スピリチュアリズムの素晴らしい点は、
>「生きていくことの意味」を教えてくれることだと思う。
>そして、そのことにより人生や世界との関わり方において
>決して虚無的にならず、前向きになれることだと思う。

巷の「スピリチュアリズム」が、
霊界の状況を、反映していなければ、偽善者の虚言に振る舞わされて
徒労に終わる様に思う。

投稿: PlanDoCheck | 2013年2月17日 (日) 18時51分

PlanDoCheckさん、お久しぶりです。
実に4年ほど前の記事にコメントをいただきありがとうございます。

PlanDoCheckさんの熱い思いが伝わってくる文章ではありますが、私が本文で書いたアセンション論とはほぼ相容れない内容となっており、私の本意は伝わらなかったかと少し残念に思います。

私は、時代の変化というものは、一人ひとりのささやかな努力、地に足をつけた日々の営みの中から生まれてくるものだと考えています。一見、一気に起きた大革命のように見える出来事も、そうした地道な営みの積み重ねがあった上でのことだろうと思います。

PlanDoCheckさんは、きっととても純粋な方なのだろうと推察します。そして、そういう純粋な方の目には、世間の大半の人たちは、穢れていて醜く、霊格の低い人たちだと映るのでしょう。そういう奴らばかりが大きな顔をして世に跋扈しているのは許せないという気持ちにもなるかもしれません。しかし、それは純粋であるがゆえに陥りがちな、少し危険な発想ではないでしょうか。その思いが怒りや憎しみにまで発展しているように見受けられる点が気になります。

私はそういう人たちにも(いや、私もそのひとりかもしれません)、何度でも何度でも、反省ややり直しの機会が与えられるというのが、スピリチュアリズムの考え方だと信じています。地球が丸ごとアセンションして覚醒・非覚醒の仕分けをする必要など全くないと考えます。

PlanDoCheckさんのコメントの中で一番気になったのは「浄化しない霊魂の抹消」「霊界の穢れた霊魂をどのように排除(消魂)するのかの手法」というような表現があったことです。私は「霊魂の抹消」という考え方はスピリチュアリズムとは全く相容れないものだと考えます。

少し厳しい言い方になったことをご容赦ください。また、PlanDoCheckさんの確信に満ちた書きぶりから、お互いの立場を理解し合うのは難しく、議論が平行線となる可能性が高いと判断しましたが、最低限、気になったことだけは書いておこうと思い、書かせていただきました。

投稿: GlassAge | 2013年2月18日 (月) 22時10分

Glass Age さん

こんばんは。

丁寧にご返信下さり、ありがとうございました。

>PlanDoCheckさんの熱い思いが伝わってくる文章では
>ありますが、私が本文で書いたアセンション論とは
>ほぼ相容れない内容となっており、私の本意は伝わら
>なかったかと少し残念に思います。

失望させてしまった事をまずお詫び致します。
申し訳ございませんでした。


>私は、時代の変化というものは、一人ひとりのささや
>かな努力、地に足をつけた日々の営みの中から生まれ
>てくるものだと考えています。一見、一気に起きた
>大革命のように見える出来事も、そうした地道な営み
>の積み重ねがあった上でのことだろうと思います。

お気持ちは、分ります。
私が申し上げたかったのは、物質界の人々の思いだけ
で、ことが起こる訳ではないだろうという前提で、
アセンション
を、俯瞰し問いかけしたつもりでした。

Glass Ageさんは、もしかして、
物質界の人々の思いだけで、個々が、「向上欲」で努力
すれば、進化し、アセンションへ、導かれるだろう、
みたいなことをおっしゃっていないですよね?

そこを確認したかったです。


そして、私は、「向上欲」で努力しても、物質的な進化
が起きたとしても、
それは、『スピリチュアリズム』における進化ではなく、
霊格が退化するだけではないか、と分析しています。

「向上心(己の至らなさを素直に認め、間違いは正し、
 他人の成長のお手伝いが出来る様な能力を身につけ、
 物事の因果を俯瞰できる能力を習得し、分別を養う)」
を元に、努力すれば、霊格は進化するだろうと、分析して
います。


>そして、そういう純粋な方の目には、世間の大半の
>人たちは、穢れていて醜く、霊格の低い人たちだと
>映るのでしょう。

誤解です。
私が、そう判断した訳ではなく。
霊界の守護霊が、判断している事を申し上げています。

そして、自然界の法則、科学的に証明されている現象
として、サンプルを集めると、『正規分布図』が出来
る事です。

霊格の分布です。

私の眼に映るとか、私の価値観、主観的なことを
申し上げているのではありません。

ご理解いただけますか?


>そういう奴らばかりが大きな顔をして世に跋扈して
>いるのは許せないという気持ちにもなるかもしれま
>せん。

誤解です。
許せないのではなく、このままでは、Glass Ageさん
のご希望とは、真逆の状況になりますよ。
と、アドバイスしただけです。


>しかし、それは純粋であるがゆえに陥りがちな、
>少し危険な発想ではないでしょうか。
>その思いが怒りや憎しみにまで発展しているように
>見受けられる点が気になります。

私の気持ちは、Glass Ageさんがおっしゃった想念と、
次元が違うメッセージです。

上記で、ご説明申し上げました状況です。
しかし、Glass Ageさんからは、私の文章がその様に、
見えてしまうことを理解しました。


>私はそういう人たちにも(いや、私もそのひとり
>かもしれません)、何度でも何度でも、反省や
>やり直しの機会が与えられるというのが、
>スピリチュアリズムの考え方だと信じています。

私が、申し上げたかったのは、
「反省」と、「反省ごっこ」の違いを立て分けしない
と、徒労に終わり、間違った方向へ、向かってしまう
場合も、想像できるけど、きっと大丈夫ですよね?

と、確認の意味で、問いかけたつもりでした。
そこをお伝えしたかっただけです。


>地球が丸ごとアセンションして覚醒・非覚醒の
>仕分けをする必要など全くないと考えます。

その考えを、私が無理にどうこうするつもりは
ないです。

Glass Ageさんが、本質を御気づきになる時期が
来るまで、私が伝えたい、イメージが伝わらない
様な感じでしょうか?

アセンションは、
人々が引き起こす現象ではなく、・・・・・。
でも、多くの人は、人々の思いと行動によって引き起
こされる現象だろうぐらいに、解釈されている?

人々は、霊界のサポーターの多大なる、ご加護が
あって生かされているだろう背景を、
Glass Ageさんならば、ご存知のことかと思います。

その点を、Glass Ageさんへ、念の為、確認してみた
かった。

お気づきかと思いたいのですが・・・・・。

私が、誤解していますか?


>PlanDoCheckさんのコメントの中で一番気に
>なったのは「浄化しない霊魂の抹消」
>「霊界の穢れた霊魂をどのように排除(消魂)
>するのかの手法」というような表現があったこと
>です。私は「霊魂の抹消」という考え方は
>スピリチュアリズムとは全く相容れないものだと
>考えます。

Glass Ageさんのお気持ちは、伝わってきました。


念の為、情報を整理致します。

『スピリチュアリズム』とは、人の望みを定義した
内容ではない、と想像しております。

『スピリチュアリズム』とは、人の意思が生み出した
ものではない、と想像しております。

『スピリチュアリズム』とは、神仕組み(自然界の法則)
を、情報化したものの様に、想像しております。


Glass Ageさんは、上記を如何思われますか?


物質的特性(断片的な捉え方)だけの視点(先入観)
では、理解できないのが、『スピリチュアリズム』
かと思います。

Glass Ageさんが、思い描かれた、霊魂が消滅する
世界観は、多くの人が想像したくない世界観なのでは
ないでしょうか?


でも、アセンションという神仕組みの現象は、
この世にいる人々の価値観を超えた次元で起こる
かもしれない、
そのことを伝えたかったわけですが、その主旨が、
うまく伝わらなかったでしょうか?


>少し厳しい言い方になったことをご容赦ください。

まったく厳しいお言葉とは、感じなかったです。
とても、ご配慮いただいた暖かいお言葉をいただいた
様に思います。

>PlanDoCheckさんの確信に満ちた書きぶりから、

その様に伝わってしまったとしたら、私の表現力不足
です。
私の表現力の至らなさにより、Glass Ageさんへ
余計なご心配を御かけし、また、不快な思いを与えて
しまったことをお詫び致します。


投稿: PlanDoCheck | 2013年2月19日 (火) 00時35分

PlanDoCheckさん、丁寧なお返事ありがとうございます。
やはり平行線になるかなとの思いはありますが、大事な論点が含まれているように思いますので、再度お返事いたします。

>Glass Ageさんは、もしかして、
> 物質界の人々の思いだけで、個々が、「向上欲」で努力
> すれば、進化し、アセンションへ、導かれるだろう、
> みたいなことをおっしゃっていないですよね?

アセンションという言葉は使う人によって意味が大きく異なるようですが、仮に「地球が丸ごと次元上昇して、アセンション後の地球に行けるのは意識覚醒した人だけ」というような意味であれば、私はアセンションそのものに対して否定的です。つまり最初の前提から立場が異なるので平行線だろうと判断しました。

ただ、そこをとりあえず保留にして、アセンションは物質界の人間の思いよりも、霊界や神によってもたらされるものというのがPlanDoCheckさんのお立場と理解しました。

私もPlanDoCheckさんのおっしゃる「人々は、霊界のサポーターの多大なる、ご加護があって生かされているだろう背景」については理解しているつもりです。ただ、物質界のことは基本的には物質界の人間の自由意思と責任に委ねられており、霊界はあくまでも側面支援(まさにサポーターです)に徹しているのだと考えます。そういう意味では、霊界によってもたらされるアセンションというのは過干渉ではないかと思います。

PlanDoCheckさんは、「向上心」と「向上欲」、「反省」と「反省ごっこ」という対概念を提示されています。その言わんとするところはよくわかります。しかし、ある人のある思いが「向上心」なのか「向上欲」なのかは実はそう簡単には判断できないのではないでしょうか。

人は、「向上心」にもとづいて行動していると思っていたら、壁にぶちあたってそれが「向上欲」に過ぎなかったと気づき、「反省」しているつもりが「反省ごっこ」だったと思い知り、何度も何度も失敗を重ねながら成長していくのではないでしょうか。霊界のサポーターは、その都度、それは「向上欲」だよ「反省ごっこ」だよと忠告や指導をしてくれているのだと思います。

「向上欲」に基づいて生きていけば、それ相応の結果がもたらされる。自らがまいた種は自らが刈り取らねばならない。それが、スピリチュアリズムで言われてきた「因果の法則」や「カルマの法則」(この呼び名については別の記事で批判的に書きましたが)ではなかったでしょうか。そして、そのもたらされた結果から学んでいくところに人生の意義があるのだと思います。場合によっては、霊界に還ってから間違いに気づき、再チャレンジのために生まれ変わってくるのだと思います。


>『スピリチュアリズム』とは、人の望みを定義した
> 内容ではない、と想像しております。
>『スピリチュアリズム』とは、人の意思が生み出した
> ものではない、と想像しております。
>『スピリチュアリズム』とは、神仕組み(自然界の法則)
> を、情報化したものの様に、想像しております。

「神仕組み」という言葉にはなじみがありませんが、基本的にはそうだと思います。
私は、シルバーバーチのほか、アラン・カルデックやステイトン・モーゼスなど、近藤千雄さんが翻訳・紹介してこられた霊界通信から学んだものをスピリチュアリズムだと考えています。

> 私が、そう判断した訳ではなく。
> 霊界の守護霊が、判断している事を申し上げています。

PlanDoCheckさんの守護霊様がおっしゃっていることに意見するとなると恐縮してしまいます。しかし、シルバーバーチは、「私が言うことでも、理性に照らして、納得がいかなければ否定しなさい」と繰り返し言っていました。

>Glass Ageさんが、思い描かれた、霊魂が消滅する
> 世界観は、多くの人が想像したくない世界観なのでは
> ないでしょうか?

霊魂が消滅する世界観は上で紹介したような霊界通信には全くなかったと記憶しています。それだけではありません。上で述べたように「因果の法則」とは「自らがまいた種は自らが刈り取らねばならない」というものでした。それは、過ちを犯せば償うこと、失敗すれば反省してやり直すことだと思います。霊魂を消滅させるとは、その因果やカルマをそこで断ち切ることにならないでしょうか。

私は、どんなに高次元の存在であれ、特定の魂をさして、消滅してもよいと判断する権限などないと考えます。どんな魂も神の一部なのではないでしょうか。それを消滅させることは、神が自らを消滅させることを意味しないでしょうか。私はそんなことはあり得ないと考えます。そういう意味で、私は、おそれ多いですが、PlanDoCheckさんの守護霊様のおっしゃることに同意できません。

またまた失礼な物言いがあったかもしれませんがご容赦ください。

投稿: GlassAge | 2013年2月20日 (水) 23時24分

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